黒飴
そういうわけで、昨日、リフレインと約束をしたので、今朝は早く起きた。
「ぐぉぉぉ。」
俺は頑張って起きたのに、彼女は寝てる。髪は寝癖でめちゃくちゃだし、うるさいイビキの音がする。可愛らしさなどひとかけらもない。
「ぐぉぉ。」
俺がここに住むと決まったときに買ってもらったベッドはリフレインが使っており、俺はソファで寝る毎日。最初は押入れで寝るなんて言い出したから仕方がなく譲った。
「ぐぉぉ。へっ。」
笑った。夢を見ているらしい。
「君・・・。へっ。へへっ。なんて無様なんだ。」
どうやら俺が笑われている。無様なのはお前だ。
「おい。起きろ。出かけるんだろ?」
寝ているリフレインの頬を両手で押してみる。起きないので徐々に力を入れていくと、タコみたいな口になった。
「ぐぉ。ぐっ。んー?・・・はっ!おい!起きろ!」
流石に起きた。
「起きてるよ。とっくに。俺が寝過ごしたみたいに言うな。」
「ん?・・・あー。おはよう。」
目を擦りながら、リフレインは状況を理解したようだ。
「おはよう。朝の準備が終わったら、今日の予定を教えてくれ。」
「今日の予定は一部、先に伝える。まず。髪をとかすんだ。私の。」
⬛︎⬛︎⬛︎
「友達も連れてくれば良かったのに。あいつ、喜ぶと思うけどな。」
「大丈夫。マキナならどうせ週末にくる。私の爪に落書きしたいって変なこと言ってた。へんなの。なんだっけ。ラスティネイル?みたいな。」
「ラスティはいらないな。ネイル。あっ・・・ついたぞ。」
「そう、ネイル。ここかぁ。それにここはあまり興味ないんじゃないかな。マキナは。」
神社だ。この辺に神社なんてあったのか。いや、あったが気にも止めなかっただけだった。忘れていただけだ。石段の始まりを踏んだときに微かに思い出した。小さい頃にここに遊びにきたことがある。
石段を一段登る度に段々と記憶が蘇っていく。記憶のダウンロードが完了したのは、鳥居をくぐったときだ。ここに来たのは一度じゃない。何度かきたことがあったんだ。
水と柄杓のある場所は手水舎というらしい。それがどこにあったかということ、鳩の餌の自販機があった場所も覚えている。今は飲み物の自販機になっている。
「良かったのか?俺がいまの今まで忘れていた神社なんて。」
「しっ。神様が怒る。」
リフレインが人差し指を縦にし、それを口に当て『しっ』のポーズをとる。
「昔もそんなこと言われたな。神様が見ているから変なことは言うなって。リフレイン、立派な神社だな。祀られている神様も神々しい限りだ、きっと。」
「神様なんだから神々しいというのはどうなんだろう。君、もしかしたら失礼だぞ。テキトウに褒めるな。いや、神様だからいいのか?んーわからん。」
「難しいな。ところで、お参りがしたいだなんて。ロボットらしからぬ発言だ。」
「む、いいじゃんか。それに、心外だぞ。侵害でもある。ロボットだってお願いをしたいときがあるさ。神に縋りたいときもある。」
不服そうにリフレインが言った。
「もしかして、願いに来たのか?だから神社に。」
「それ以外には修行くらいしかないだろうし、修行はしないよ。だから、そう。」
「あるぞ、他にも。遊び場として。ま、怒られるんだけどな。」
「怒られるようなことはしない。よって、お願いにきた。」
「ねえ、人間はこうするんだろう?あまりに強大な力に抗うために、神の力を欲する。作法は知らんのだけれど。だけどね。伝わると信じてる。」
そう言うと、リフレインは手を合わせ、目を閉じた。びゅう、と風が吹く。寒く冷たい。
真剣に祈っている。その祈る姿からは、想いの力というのが正しいのかは分からないが、そんな目には見えない強い力が込められている気がして、ピンと張り詰めた空間を作り出している。
彼女の瞳が開いたとき、一粒の涙が右目から溢れ落ちた。俺はそれに驚いたし、その一粒がしょっぱいのか気になった。
涙は機能だというのか。そうだとしたら、あまりにも精密すぎる。色々と聞きたいことがあるのだけれど、今ではないのは確かだ。いつかにすることにする。
「願いごとは?なんだったんだ?」
「うぃーーん。」
「急にロボになるな!」
「・・・言うと叶わない。」
「叶うといいな。」
「うん。連れてきてくれてありがとう。これ、あげる。」
リフレインが手を開き、俺に渡したのは黒飴。
ところで、この神社は交通安全祈願が有名らしい。願ったのは無事故・無違反か?
【黒飴】
黒糖の丸い飴。まったりとして甘美。コンビニとかに売っている。