どこからでもシール
お腹も満たされたので、少し休憩のため、ベランダにある椅子に腰掛けて夜空を見ることにした。
俺が住んでいるのは、ベランダ付きの学生マンション。本当は大学生が住むところだが、高校生の身分でここに住めているのは、親戚がこの大家だからだ。
「なんだか嬉しそうだね、君。カレー、美味しかった?」
リフレインが俺の顔を覗きこみながら言った。
「悔しいけど、美味かった。でも、なぜあんな道具を急に使ったんだ?」
リフレインの道具は、ここにあってはならないものだ。何故、あってはならないか。それは、現代に存在しないからだ。たしか彼女は本来存在しないものを現代の人が見つけるのだけは避けなければならないと言っていた。
見つかってはいけない代物。だから、彼女は気軽に道具を俺に見せないし、使わせない。俺が初めて便利な道具の名前を聞いたのは『どこからでもシール』。
名称から大体の機能は把握できる。あのときは緊急の集会の呼び出しだったらしい。口外しないことを俺に念押しして使っていた。確か、ドアに貼っていた。便利な道具はリフレインが緊急のときくらいにしか使わないのに今日はなぜ?
というか、未来のロボットが集会に参加するってどうなんだ。通信じゃないのか普通。
「・・・廃棄品だって。昔はよく使われてたみたい。なんでも美味しくなる。材料さえあれば。腐ってても材料さえ揃えればね。食べることができる。」
廃棄品だろうが未来の道具だ。何故、道具を出したかの問いには答えてくれなかった。追求が必要だ、と思ったが、なんだか今日のリフレインにこれ以上聞くのは憚られる気がした。分かりやすい声色だった。あまり詮索されたくないみたいだ。
もう少しで満月という惜しい空。今日は寒い日だ。月明かりはこれっぽっちも温めてはくれない。リフレインがやりたがっていた雪合戦が出来る日も近いのかも知れない。彼女の吐く息は白いのだろうか。
きっとその息は白いと俺は思った。ロボットの少女、リフレイン。寒空の下、空を見上げている。空を見て何を感じるのか。
「ねえねえ。明日はお休みだろう?君。たまにはどこかに連れてったらどうだ?」
さっきとは全く違う明るい声でリフレインが言った。
「え、誰を?」
「それは勿論、わたしだ。わたししかいないだろう。あ、マキナも呼んでみよう。」
俺も空を見上げる。沈黙の時間が流れる。
「・・・おい!無視するな!連れてけ!連れてけ!」
「えー。ゆっくりしたいな。」
「えー。じゃないっ!どっか!楽しいとこ!アルク君!様!お願い!」
じたばたしながら、俺にお願いをしている姿はまるでおもちゃをねだる幼児のようだ。本当にこれがロボットなのか。そういえば、リフレインに久しぶりに名前を呼ばれた気がする。
「リフレインならどこにでも行けるんじゃないのか?ほら、シールのやつで。」
「あれは、どこからでもシール。どこからでも、シールに書かれた場所なら行けるだけ。どこでもじゃない。そんな便利なもの、あるか。ない。仮にどこにでも行けたとして。やれやれ。君はなんてナンセンスなんだ。」
リフレインは何もわかっちゃいないと、呆れたように苦笑して、話を続けた。
「機械とロボットは定義上、イコールかニアイコールだが、人々はロボットという言葉を聞くとそれに感情があるかのように感じることが多い。だから、人型のロボットは言動も感情があるようなものになる。そんなロボットがここに。」
「ロボットの物語が昔から親しまれて、登場するロボット達が愛されているからだろうな。で、つまり、そんなロボットであるリフレインさんは何が言いたい?」
「だから!そんな人々に愛されているロボットがお願いをしているんだぞ!懇願しているんだぞ!連れてけ!・・・それに。」
「それに?」
「そんは便利な道具が存在して、自分がどんなところにでも行けたとして!どんなに裕福だったしても!一人だったらつまらないだろっ!」
この感情がプログラムの一つだとすると、その技術力が恐ろしい。そして、疑わしい。リフレインの本心なんじゃないかと俺は信じている。
【どこからでもシール】
どこからでも移動ができるシール。家のドアに貼って、シールの貼られたドアを開けると、シールに書かれている場所に繋がるようになっている。・・・どこでも?なんだそれは。そんな便利なものではないよ。