9 その後【Side 魔王軍諜報部副隊長】
エマ隊長からの伝令を聞いて、俺は大きく落胆した。
魔王様が人間の女を娶るだって?
何だよそれ、何の冗談だよ?
数百年前ならともかく、最近の人間は弱くて脆いのしかいないって聞いている。
何の役にも立たない厄介者を王妃の座に据えるのか?
俺は棚から酒を取り出し、グラスも出さずにそのままグビリと呷った。
きっと政略結婚とかいうやつだろう。
妻を迎えたという事実だけがほしくて、適当に人間の女を見繕ったのだろうな。
そもそも俺は、前魔王様に惚れ込んで、魔王軍に入隊したのだ。
前魔王様の漢気と荒々しさが大好きだった。
大酒飲みで血の気が多くて、腕っぷしは最強なのに女にはとことん弱いところがツボだった。
一生ついていこうと思っていたのに、急に引退してしまうだなんて…………
そりゃまあ、新しい魔王様が最強なのは知っている。
まだ若いのにあの魔力量はとんでもないと理解はしてるけれども、あまりにも前魔王様と性格が違いすぎて、どう仕えればいいのか分からないのだ。
人形のように整った感情を出さない顔とか、トラブルが起きても冷静で淡々と仕事をこなす姿勢とか、なんか好きになれないんだよな。
幻獣や最古の竜を討伐した実績もあるし、物凄く強いのは認めるけどさ、もっとこう威張って偉そうにでもしてくれたなら、もう少し好感が持てたかもしれない。
いつも無表情で、欲望なんて持ち合わせた事もないって感じが、たぶん俺は苦手なんだ。
古参の臣下達は、こぞって魔王様に嫁をすすめたらしいが、全部スルーされたそうだ。
前魔王様だったら、たぶん全ての女性に手を出していただろう。
むきになった臣下達は、手を替え品を替え自分の娘達までけしかけたそうだが、お眼鏡にかなった女性は結局一人もいなかった。
そんな状態だったのに、急に人間の女を娶るだなんて話を聞かされれば、バカな俺でも形だけの結婚なのだとすぐに理解できた。
とは言え、何の権力もない俺が一人で騒いだところで、事態は何も変わらない。
俺は言われた通りに、魔王様の奥方を迎え入れる準備をするだけだ。
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしってから、部下達に祝いの式典と宴の準備の指示を出した。
形だけでも歓迎の意を示さなければならないからな。
都市の中心部にある大広場に臣下や民衆が集まった。
今日この場所に、魔王様と王妃様になられるであろう女性が共にご帰還されるのだ。
たぶん、心から喜んでいる者なんて一人もいない。
つまらなそうに欠伸をする者や「人間を選ぶなんて」という不満の声や陰口まで聞こえてくる始末。
あの魔王様が魔界を治め、人間の女が王妃様になる。
つまらない世の中になりそうだ。
いっそ魔王軍をやめて旅にでも出るか?
そんな事を悶々と考えていたら、一斉に歓迎の音楽が鳴り始めた。
グニャリと空間が歪んで視線が一点に注がれる。
その人間の女とやらは、魔族や魔界を怖がって泣いたりはしないだろうか?
ヤジを飛ばす者がいたら面倒だな。
まぁいいか。そんな事になっても俺には関係ない。
ただ、ばんやりと歪んだ空間を見つめ続ける。
ゾクリと悪寒が走った。
な、な、な、なんだ……………コレは?
ふわりと香る…………甘い…………魔力?
ざわめく民衆がシンと静まり返った。
強大な魔力に鳥肌が立つ。
これは、魔王様の魔力ではない。
脳が痺れるほど魅惑的な………甘い甘い魔力の香り。
魔王様にエスコートされながら、まるで妖精のように可憐な少女が舞い降りた。
透明感しかない白い肌、サラサラでキラキラした白銀の髪、ほんのりピンクに色付いた小さな唇、穢れを知らない水色の瞳、危うげで現実感のない神秘的な佇まい、清らかさとあどけなさと純真さと尊さと麗しさに、気品と愛らしさを加えて具現化したら、きっとこうなる。
平伏せよと己の中の本能が叫ぶ。
この場にいる全員が一瞬で理解した。
あれは我々の姫様だと。我々が仕えるべきお方だと。
あぁ、なんて素晴らしい。喜びで全身が震える。
しばしの沈黙の後、怒号のような大歓声が沸いた。
その後、魔界では王妃様ファッションが大流行する。
白銀のウィッグと水色のカラコンを付けた清楚系ドレスの女性達が街中に溢れた。
やがて王妃様ファンクラブが開設され、魔界に住まう魔族全員が入会したため、会員番号は個体識別番号としても活用されるようになった。
ちなみに俺は、会員番号158番だ。
100番代はめったにいないから羨ましがられる。
王妃様の噂はさらに天界にまで広がっていった。
痺れるようなあの甘い魔力は神様にも有効らしい。
そしてとうとう、正式な書簡を持った天界からの使者がやって来たのだ。
『人間は我々の監視下にあるべき存在である。よって、その娘の身柄を天界に引き渡すように』と。
ブチ切れた魔王様は天界からの使者を消し炭にした。
まぁ、当然だよな。俺だってそうする。
魔王様の側近は、その消し炭を集めて天界に送り返したらしい。しかも着払いで。
怒り狂った神々は、魔界に戦争を仕掛けてきた。
もっともらしい言い訳を重ねてはいるが、どうしても王妃様を手に入れたいという欲望が透けて見える。
こうして俺達は、王妃様を守るという大義名分を手に入れたのだ。
そもそも魔族は祭りと争い事が大好きだ。
久しぶりに骨のある奴等と戦えるのかと、皆んな活気付いている。
中でも、魔王様の活躍は凄まじかった。
先陣切って敵陣に突っ込んでいき、表情ひとつ変えずに片っ端から敵を切り刻んでいくのだ。
正直、めちゃくちゃカッコいい。
最近は『戦闘狂』という二つ名が付いて、臣下達からの人気もうなぎ登りだ。
日が沈む前に、いそいそと王妃様の元に帰っていく姿もギャップがあって面白い。
魔王様は王妃様にベタ惚れで、王妃様と一緒にいる時だけは年相応の顔になる。
そんな顔を見せられたら、臣下として力になりたいって気持ちが自然と湧いてくるってもんだ。
さぁ、今日も張り切って暴れまくるぞ!
大切な姫様のために。敬愛すべき魔王様のために。
俺は新調したばかりの巨大鎖鎌を片手に、鼻歌交じりで血沸き肉躍る戦場へと向かう。
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