8 真実の愛【Side マッド】
「なんて美しい! これが元人間だなんて信じられない」
私は食い入るように彼女を見つめた。
ずっと探していた運命の相手は君だったんだね。
えーと、名前は何だっけ?
エルギン伯爵家の………
まぁいいか、名前なんてどうでもいい。
「ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ 」
彼女は、喉を膨らませながら可愛い声で鳴いた。
もう人の言葉を喋れなくなってしまったけれど、何の問題もないよ。
言葉なんてなくてたって理解し合えると信じている。
だって君は、私の運命の相手だからね。
顔はカエル下半身は豚になった彼女は、この世のものとは思えないほど美しくて尊い存在になった。
私が、心を込めて丁寧に改造してあげたんだ。
複数の生物を一つにまとめる技術が、こんなところで役に立つなんて思いもしなかったよ。
人間なんて愚かで醜くて価値のない生き物だと思っていた過去の自分に教えてあげたい。
価値のない生き物ならば、価値のある存在に作り変えればいいのだと。
タナトスには改めて礼をしなければならないな。
だって、アイツが私の運命の相手を連れて来てくれたのだから。
「相手が見つからないなら、作ればいいだろう? 」
久しぶりに会ったアイツはそう言って、大きな木箱を置いていった。
中に入っていたのは、活きの良い人間のオスとメスが一匹ずつ。何の特徴もない貴族の親子だ。
今まで考えた事もなかったのだ。悔しいけれど、弟の言う通りだと思ってしまった。
『運命の相手が見つからなければ作ればいい』
まさかアイツにそんな事を教えられるだなんて、人生は何が起こるか分からないものだ。
面倒だから魔王を押し付けて逃げていたけれど、今後は配下として働いてやってもいいかもしれない。
私は、タナトスに渡されたムチを取り出した。
よく手入れされた使い込まれた家畜用のムチだ。
「これは君が愛用しているムチだよね? とっても素敵なムチだ。センスが良い。私と趣味が合って嬉しいよ」
あぁ、興奮して手が震えてしまう。
手加減なんて出来そうにないな。
彼女は大きな目を見開いて私を見ている。
そんなに熱く見つめられたら、もう止められない。
私は、高まる胸の鼓動を落ち着かせるように、大きく深呼吸してからムチを振り上げた。
豚になった彼女の下半身を思いっきり叩くと、彼女は艶っぽく「ゲコ ゲコ」と鳴いて口から泡を吹いた。
「嬉しいんだね? 私もとても幸せだよ。ほら、足がちぎれるくらい叩いてあげるから、たくさん楽しもう」
本当にちぎれてしまったとしても縫合は得意なんだ。
豚の足のストックだって山ほど用意したから安心して愛を感じて欲しい。
カエルと豚の組み合わせは本当に美しいな。
実は、芋虫と犬にしようかと少し悩んだのだけれど、こちらにして大正解だった。
「ブヒッ……」
私が彼女を叩くのに夢中になっていると、部屋の隅で小さな鳴き声がした。
彼女の息子のロイドだ。
彼の姿は、顔は豚で下半身をカエルにしてあげた。
彼女の美しさには少し劣るが、こちらもなかなか素晴らしい仕上がりだと思う。
「お母さんを取られて、ヤキモチを焼いているのかな? 大丈夫だよ。君の事もちゃんと考えているんだ」
私は、義理の息子だって誠実に愛せる男だからね。
そうだ。ロイドは跡取りの事を気にしていた。
要するに自分の子供がたくさん欲しいんだよね?
大丈夫だよ。ちゃんと分かっている。
彼の下半身のカエルは、環境によって性転換する事が出来る優秀な品種にしたんだ。
「今すぐ発情期のオスのカエルを用意してあげるからね。そうすれば、男性の君にだって卵をたくさん産む事が出来るんだよ」
私の言葉に、ロイドは「ブヒッ ブヒッ」と鳴きながら部屋の中を飛び跳ねる。そんなに喜んでもらえるなんて私も嬉しいよ。
あぁ、何て幸せな理想の家族だろう。
私はようやく真実の愛を手に入れる事が出来たのだ。
先日、エルギン伯爵邸には泥人形を置いてきた。
私が作った泥人形は本物そっくりで半永久的に動く。
もちろん仕事もこなせるし会話も可能だ。
貴族の親子が行方不明だと騒ぎにでもなったら、少し面倒だからね。
人と見分けが付かないほど精巧な泥人形だから、きっと誰にも気付かれる事はないだろう。
私達は、これから時間をかけて愛を育んでいくんだ。
やっと手に入れた真実の愛だから、誰にも邪魔されたくはない。
「ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ ゲコ 」
「ブヒッ ブヒッ ブヒッ ブヒッ ブヒッ ブヒッ 」
そんなに興奮してはしゃぎ回っては危ないよ?
優しく抱きしめたら、二人は震えながら涙を流した。
おやっ? 二人ともお漏らしをしてしまったんだね?
いくら嬉しくても、それはダメだよ。
後でたっぷりとお仕置きをしてあげよう。
あぁ、私は何て幸福な男だろう。
新しい家族が狂おしいほど愛しい。
君達は何の心配もしなくていいんだよ。
ただ、私の愛を受け止めてくれるだけでいいんだ。
これから続く長い人生を共に生きて欲しい。
もし体が崩れてきたら、何度だって美しく改造してあげるからね。豚とカエルに飽きたら、昆虫や爬虫類にだって変えてあげるから、楽しみに待っていて。
いつまでもずっと、君達が生物として機能しなくなるまでずっとずっと一緒にいる事を誓うよ。
次回、最終話はエマの部下の副隊長視点です。