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4 僕の天使【Side ロイド】

 彼女の指を飾るはずだった指輪は、持ち主不在のままテーブルの上に放置されている。

 指輪の内側には今日の日付けの刻印。

 本当なら今夜、君は僕のモノになるはずだった。



「なんて使えないメイドなのかしら? そこに跪いて足をお出しなさい!」 


 何かが割れる音と母上の怒鳴り声が屋敷中に響いた。

 またやっているのか。これで何度目だろう?

 

「申し訳ございません。申し訳ございません。どうか、どうか、お許し下さ……」


 女の謝罪の言葉は、振り下ろされたムチの音に中断されて、耳障りな悲鳴へと変わる。

 ギャーギャーとうるさい。まるで家畜の鳴き声だな。


 どいつもこいつも役立たずばかりで嫌になる。

 母上の機嫌をとる事すらまともに出来ないだなんて。

 僕は指輪を床に叩きつけて、その上に唾を吐いた。



「どうやら、あの花嫁は金で買った娘らしいぞ?」


「花嫁がさらわれる時、ロイド様は腰を抜かして震えていたそうよ」


「いくら魔族が相手とは言え、少し情けないわね」


「エルギン伯爵家はもう終わりだな」


 悪意に満ちた下らない噂話は、瞬く間に領内どころか王都にまで広がってしまうだろう。


 あぁ、最悪だ。

 こんな事態になると分かっていたら、式なんて絶対に挙げなかったのに。

 年齢など気にせずに、さっさと孕ませてしまえば良かったのだと、後悔と苛立ちで吐きそうになった。

 




「君の婚約者って、病弱過ぎて社交界デビューも出来ないんだってね? 可哀想に。だけどさ、本当は外に出せないくらい酷い容姿をしてるんじゃないかって噂になってるんだよ? 知ってた?」


 アリスと婚約して数年が過ぎた頃、地位だけは無駄に高い無能な貴族の跡取り息子が言ったのだ。

 ご機嫌取りの周りの連中も、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。


 何も知らない奴等に、好き勝手言われて腹が立った。

 アリスは、お前らが囲っている女なんかとは比較にならないほど美しいのだぞ?

 外に出せないのは、まだ貴族としてのマナーと教養が身に付いていないからだ。

 

 実際にアリスを見たら、あまりの可憐さに涎を垂らして羨ましがるだろう。

 見せつけたい。自慢したい。悔しがる顔が見たい。


 知らしめてやろうと考えた事自体が、そもそもの間違えだったのかもしれない。

 大切な宝物には鍵をかけて、誰にも見つからないように隠しておくべきだったのだ。



 10年前、内輪のパーティで君を見つけた時の衝撃は今でも忘れられない。

 本物の天使かと思ったんだ。

 成長した姿を想像しただけで全身がゾクゾクとした。

 いくら金を払っても構わない。あの子が欲しい。


 柔らかそうな白い肌。フワフワと揺れ動く銀色の髪。アクアマリンみたいな大きな瞳。

 誰にも見つからないうちに手に入れてしまおう。

 今ならまだ誰の手垢も付いていない。


 世界で一番幸せな女の子にしてあげるよ。

 だって、僕が愛してあげるのだから。

 身分が低いところは気に入らないけれど、黙って言うことを聞かせるなら、むしろ都合が良いかもしれない。


 こうして手に入れた天使は、キラキラと無邪気な笑顔を誰にでも簡単に振りまいた。

 油断していると、何処かに飛んで行ってしまいそうなくらい自由で可愛いアリス。

 このままではダメだ。

 どこにも飛んで行かないように羽を折らなくては。

 君は、僕だけの天使なんだよ?


 最初の頃は、母上が叩くのを止めようと思っていた。

 だけど君の目が少しずつ曇っていくのを見て、考え方を改めたんだ。


 これは僕達の未来に必要な事なんだよ。

 飛べなくなった君は、きっと素晴らしい妻になってくれるだろう。

 

 酷い言葉を掛けると可愛い顔が悲しそうに歪む。

 僕の気持ちは、ちゃんと届いているんだね?

 僕の投げた言葉に絶望する君の瞳を見ると、嬉しくて堪らなくなるんだ。

 人を痛めてつけて喜ぶ母上の気持ちが、少しだけ分かったような気がするよ。


 その瞳には僕だけを映せばいい。


 結婚式の前夜に、彼女の足に奴隷の枷を付けた。

 母上に叩かれ続けたアザだらけの足。

 ボコボコに腫れ上がった汚ない足に、頬ずりする自分の姿を想像して気持ちが昂ぶる。

 

「その足、初夜では隠してね? 抱く気が失せるから」

 興奮する気持ちを必死に隠してそう告げると、彼女は暗い顔をして俯いた。

 あぁ、なんて愛らしいんだろう。


 奴隷の枷は、闇オークションで大金を注ぎ込んでようやく手に入れた貴重な品だ。

 でも、その価値はあったと思う。

 傷だらけの足に蛇のように巻きついて食い込んでいく枷はとても官能的だった。


 現在では禁忌とされている魔道具だけれど、戦時中は反抗的な捕虜や罪人に使用していたらしい。

 主人である僕の髪が鍵の代わりに入っていて、奴隷になった君は絶対に僕には逆らえない仕組みだ。


 そう。僕達は幸せで素敵な夫婦になるはずだった。


 なのに、どうして?

 急に現れた魔族にメチャクチャにされてしまった。

 10年も手を出さずに我慢してきたんだぞ?

 ようやく僕だけのモノになるはずだったのに。


 君も酷いよね?

 悲鳴すら上げずに連れ去られてしまうだなんて。

 帰って来たら、たっぷりとお仕置きをしなければね。

 母上と一緒に僕も傷を付けてあげるよ。

 足だけではなく、身体中にね。


 奴隷の枷を付けておいて本当に良かった。

 君は必ず、僕の元に帰って来るだろう。

 奴隷は主人の命令には逆らえないんだよ?

 あれはそういう魔道具なんだ。


 あぁ、アリス。早く会いたい。

 僕だけの天使。早く僕の元に帰っておいで。

 もう二度と離れる事がないように、地下室の檻に鍵を掛けて、余すことなく愛してあげるから。


次回は、魔王タナトス視点です。

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