第1話
「そっち、お願いしていい?」
「いいよー。私、情報を聞き出すの苦手、というか、出来ないし。」
僕たちは敵に囲まれていた。
正確には、僕、照本鳴鈴の目の前には、メガネをクイクイさせながら斜に構えた男が。
僕と背中合わせの黒野栞の目の前には、20人程度のメガネ野郎の手下がオラついている。
高架下の公園。いかにも、これからケンカが始まりそうな空気感。
だったのだが、一瞬にして空気が変わった。
僕の背後で20人の手下が倒れたのがわかる。
「パーカーとヘッドホン、預かっててあげようか?」
空気を変えたご本人様からの申し出、謹んでお受けする。
「ありがとう。栞。」
「後はよろしくねー。鳴鈴。」
栞はスタスタと歩いていき、少し離れたところにあるブランコに腰掛けていた。
僕はメガネ野郎に向き直る。
斜に構えるスタイルは変わっていないが、手を添えたメガネは小刻みに上下している。
超高速クイクイだ。
僕は制服スカートのポケットからケータイを取り出した。
このご時世にもう見かけることは無い、スライド回転式のガラケー。
それを「く」の字に折り曲げた後、サイドボタンに指先を当てる。
それを銃のようにメガネ野郎に向けた。
「そんなもので、この俺を倒せると思っているのか!」
メガネ野郎が、右手の平をこちらに突き出し、それを左手で掴んで支える。
手の平の前にプラズマのようなエネルギーの塊が形成されていく。
「雑魚と一緒にするなよ。」
確かに。中々の威力がありそうだ。
と思いつつ、僕はトリガーを引くようにケータイのサイドボタンを押した。
エネルギーの塊が消滅したのを確認し、立て続けにボタンを押す。
メガネ野郎は身体をビクつかせながら、フラフラとよろめき、後ろのフェンスに倒れ込む。
ケータイから電波を飛ばし、メガネ野郎の生体電流を狂わしてあげた。
「何をしやがった。」
「君が僕の知りたいことを話してくれたら、教えてあげますよ。」
「誰が話すか。」
「別に話さなくてもいいですよ。身体に聞きますから。」
メガネ野郎にケータイを向ける。
「わ、わかった。話す。話すから。そのケータイをしまってくれ。」
ケータイを閉じ、ポケットにしまってみせる。
「あと、もう少し近づいてきてくれないか。大きな声では話せないことなんだ。」
「まったく仕方ないですね。」
話す気はないくせに。
身体の後ろに隠したその左手。いつでも特殊能力を使える状態じゃないか。
少し近づいたところで、メガネ野郎の能力をまた解除してやった。
「な、何ぃ⁉」
ケータイを使うのは、要はカッコと使い勝手の問題だ。無くても能力は使用できる。
「ダメじゃないですか。無駄な抵抗をしては。」
「女子高生風情が偉そうに!」
「しー!静かに!!」
ただ殴りかかってくるメガネ野郎に対し、僕は唇に人差し指を添え、動きを制した。
「ありがとう。惜しみない協力のおかげで知りたい情報を知ることができました。」
「は?貴様、何を言って…。」
「わからないですか?君はもう用済みということです。」
僕は再びメガネ野郎に向かってケータイを構える。今度は心臓を狙って。
「それでは、またいつか、お会いしましょう。」
「ま、待ってくれ!」
サイドボタンを押す。
メガネ野郎は、そのまま項垂れて、動かなくなった。
僕はその頭にケータイを向け、もう3回続けざまにサイドボタンを押す。
男の身体は、陸に打ち上げられた魚のようにビクついた。
「終わった?」
ブランコに座っていたはずの栞が、いつの間にか隣に立っている。
「うん。」
「情報は?」
「抜かりなく。」
「こいつは、死んでる?」
「いやいや、気絶させて、記憶を改ざんして。」
「いつも通りか。」
「そう、いつも通り。」
僕は倒れている手下たちの方を見やる。
「栞はいつもとやり方違うよね?目立った外傷がない。」
「これはね、鳴鈴の真似をしてみた。」
「真似?」
「真似というか、参考というか。」
栞は倒れている手下たちの方に歩き出した。僕もそれを追う。
「いつもは空間の時間を止めて、その止めた時間の中で攻撃して、相手を倒してるけどさ。」
栞が振り返った。
「今回は趣向を変えて、相手の心臓の時間だけを止めてみた。」
合点がいった。真似とは、そういうことか。
「それで、鳴鈴の“ペースブレイカー”みたく、脳の血流減らして気絶させたってわけ。」
“ペースブレイカー”。
栞がそう呼ぶ僕の技は、心臓を動かす電気信号を操作し、心停止や不整脈を起こさせる。
電気操作系の能力を持つ僕がするところの相手の生体電流を操作する技の1つ。
それを、時間を止める能力を持つ栞が、心臓の動きを止める形で再現した。
「なるほどね。“ハートロック”とでも呼ぶべき新技かな?」
「“ハートロック”。いいけど、保留。」
栞は、技に名前を付けるのが好きなのだ。
今回は気に入ってもらえなかったようだが。
「仕事終わったし、早く打ち上げ行こ!」
「打ち上げって。」
「いつもの店でいいよね?」
いつもの店。行きつけの店ではなく、チェーン店の意。
「仕方ないな、栞は。」