1.召喚された先にはドッペルゲンガーが居ました
「勇者殿と聖女殿を召喚したつもりだったのじゃが。血縁を喚べただけ僥倖かの?」
呆けたまま立ち上がらない俺たちを前に、赤い着物を着た童女は、仁王立ちでからから笑いながらそう言った。
―――数分前まで俺、狭間暁月が居たのは、こんな窓のない武家屋敷のような内装をした薄暗い部屋ではなかった。
夕日差し込む放課後の教室で、年子で同学年の弟と一緒に今日の晩飯何かなーなんて、特に中身のない内容で駄弁っていたはずだ。
兄弟揃って帰宅部で何となくぐだぐだしていたら、教室には俺たち以外いなくなっていた。
そろそろ帰っか。重い腰を上げつつ弟に告げた時。ふと床に目をやると円形の黒がちょうど俺の立ち位置にあり。
暗転。
トンネルを通るとそこは武家屋敷でした―――。
いや、トンネル通ってませんが。
あまりにも唐突な出来事に半口開けてアホ面を晒しつつ周りを見回していると、すぐ目の前に誰かいることに気がついた。
1mも離れていないだろうにすぐに気づかなかったとは、我ながら動揺し過ぎである。
「え……ドッペルゲンガーですか……?」
「いえ、違いますが」
即答。
アホの子と思われてそうで少し恥ずかしい。
しかし相手もどうやら驚きを隠せないようだ。
乾きそうなほど目を見開いていらっしゃる。
まあ、そうだよな。
だって俺たち、まるで鏡を見てるみたいに姿かたちがそっくりなんだ。
違いといえば、相手は眼鏡をしていて、俺は学ラン相手はブレザー。そのくらい。
気持ち悪いくらいよく似ている。
体感時間にして約5分ほど。
素直におしゃべりできないほど見つめ合っていた俺たちの時間を、幼い声が動かした。
「やあ、お客人。よくぞ呼びかけに応じて下さった!」
時代劇で観たことがある天井から垂らされている簾―――後から教えてもらったが御簾というらしい―――が巻き上げられる。
偉い人が座っているような一段高い分厚い畳―――厚畳というらしい―――に正座をした8歳くらいの童女が姿を現した。
「応じた覚えはないんですが」
眼鏡男子の反論に、俺もコクコクと必死に頭を上下に動かす。心の底から同意を込めて。
すると童女は俺たちの傍まで近づいてしゃがみ込み、マジマジと見つめてから不思議そうに言った。
「おぬしら、かの勇者ハザマタカヤと聖女ホウライミツキではない、のぅ……?」
「狭間貴哉は俺の父さんだけど」
「宝来充希は俺の母ですが」
返事をしたのはほぼ同時で、思わず顔を見合わせる。
「なるほどのう。本人ではなく近しい血を呼び寄せてしもうたか。しかしよく似た兄弟じゃのう」
「いやあの、赤の他人なんだけど……」
俺自身も言ってて違和感のある真実を告げると、童女は心底驚いたという風に声を張り上げた。
「なんと! こんなにそっくりなのにか? あの御二方のお子ではないのか?」
「ええ。母は確かに宝来充希ですが、ハザマタカヤさんという方は俺の父ではありません」
「俺も……母さんの名前は静江だし」
しばらく揃って首を傾げていたが空気を壊したのはやはり童女で、まあよい、と一言切り替えると冒頭の台詞を俺たちに向けたのだった。
「そなたらには突然のことで迷惑を掛けるが、馳走の用意をさせているでな。詳しい話はその席でしよう。準備ができ次第遣いを寄越す故、悪いがしばしここで寛いでいてくれ」
そう言って襖へ向かうと、自動ドアよろしく左右に開かれた。よくよく見ると、巫女服を着た人たちが正座のまま開けていた。
もしかしなくても室内にずっといたようだ。気配がなさすぎる。
童女に続き巫女服たちも出て襖を閉めると、眼鏡男子と二人だけになった。
実は目を凝らしてみると気配無さ過ぎ人間が何人かいるのだが、ここまで気配がないと居ないと同じだ。二人きりと言っていいだろう。
訳のわからない状況だけど、童女が話をしてくれるまでは今できることをやるしかなさそうだ。
とりあえず出来るのは自己紹介くらいだろう。
小学校の通知表に、「順応性が高くて人見知りせず、すぐにお友だちと仲良くなれてます」と書かれた実力を発揮するのだ!
「俺は狭間暁月。中1だ。よろしくな」
「宝来真夜、中学2年生です」
「おっとしまった先輩でしたか……スンマセン」
あまりにも自分と瓜二つなもんだから、勝手に同い年だと思い込んでしまっていた。失敗失敗。
「構いません、喋りやすい言葉でいいですよ。学校も違うようですし先輩後輩もないでしょう。
鏡みたいにそっくりな人間相手に気を使って話すのは中々難しいですしね」
おお、なんとも心が広いお方だ。
似ているのは容れ物だけで、中身は全然違うらしい。
「じゃあお言葉に甘えるけど、せめて真夜先輩って呼ぶ」
「はい。それでは俺は暁月くんと呼ばせていただきます」
「自分と同じ顔に君付けで呼ばれるのキツイんで、どうか呼び捨てで勘弁して下さい!」
俺が必死に懇願すると真夜先輩は静かに笑って。
「それでは、暁月、と呼びましょう」
俺の懇願に応えてくれた。
物腰柔らかいしいい人だと思う。思わず兄と慕ってしまいそうだ。
それにしても。
俺にはタメ語でいいって言っておいて自分はずっと丁寧な言葉とは。
「真夜先輩は敬語のほうが話しやすい人なん?」
「ええ、……実は父が普段から丁寧な口調の方でして。小さな頃から憧れて真似していたところ癖になってしまって」
ちょっと困ったような照れたような顔をしている真夜先輩は、それでも普段から父親のことを大切に思っているのがわかった。
「なんかそういう、父親のことを素直に憧れられるっての、いいよな。カッコイイ」
「暁月は違うんですか?」
「父さんのことは嫌いじゃないけど自分なにぶん思春期なもので……あとは察してください……」
ああ、と無事察していただけたようで、生暖かい目を向けられてしまった。
あれ? 1コしか違わないですよね?
ちょっと大人び過ぎやしませんか先輩。
「しっしかしあの女の子、俺らの親のこと知ってそうだったけど、なんだって俺たちこんなにそっくりなんだろうな? 弟だってここまで似てないぞ」
生暖かい目線に耐えかねて専ら気になることへ話題を切り替える。
「暁月には弟がいるのですか」
「ああうん。年子で学年一緒なんだけど」
「へぇ。そういう事例は聞いたことありましたが、実際に会ったのははじめてです」
「俺も俺ら以外には知らないなあ。俺が4月生まれで、弟が翌年の3月生まれなんだ」
ここで「おや?」と真夜先輩は顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。
「……暁月の誕生日って何日ですか?」
「ん? 4月2日だけど」
それがどうしたん。と言い切れる前に、先輩はこちらも見ずに話を続けた。
「俺の誕生日、4月1日なんです。しかも、日付が切り替わる直前だったと聞いています。
あと五分生まれるのが遅かったら一つ下の学年だったのよ、と母が言っていました」
「えっ。そしたら先輩、ほぼ同い年ってこと!?」
「ええ。そしてあの女の子は俺たちの片親ずつを見知っていて、俺たちはこんなにも似ている」
「ははっ……いや……まさか……」
俺たちはもう顔を見合わせて、言葉を失くすしかなかった。