第78話 内緒①
ゴールデンゲートブリッジ攻略、天空作戦から3日が経過した。
結果としては、魔鍵の奪取、発見は失敗に終わった。シンジケートによる進撃を防ぐことも、重軽傷者の人数から見れば失敗に終わったと言っていい。
ラウラはサリンジャーの病室で、梨をかじりながら彼女の寝顔を見つめていた。ラウラが何かを考えこむことは珍しい事ではないが、それを人に見せることはしない。故に、いつの間にか目を開けていたサリンジャーにその顔を覗かれたのは不覚だった。
「人のフルーツバスケットから梨だけ取ってくの、やめろよ」
「ははっ。減らず口が叩けるのならもう十全だね」
かしっともう一口梨をかじるラウラ。
ラウラはある程度の怪我は治すことが出来る。《踊子》は現実を改変するからだ。それでも「契約」による代償は必ず果たされる。故に、肺を取り戻すことはもうできない。
しかし、彼女はできることは全てした。医療部門の見立ては、このような回復はありえない、神の御業だ、といったものだった。だが、ラウラは昔から神というものをあまり信じていない。
サリンジャーはラウラから顔を背け、窓の外を見た。
「なあ、ラウラ。アタシはもって何か月なんだ」
あの日、長年サリンジャーの身体を診てきたポップコーンの目だけは、ラウラでも欺くことが出来なかった。ポップコーンは手術室から出てくると、珍しく深刻な顔をしていた。ポップコーンは、彼女の身体がもう手の施しようがないほどに定義の代償で破壊されていること、ラウラが起こした奇蹟が、気休めのまやかしでしかないことを見抜いたのだ。
「ポップから聞いたのか? あいつにしかバレてないと思ったんだけど」
「アタシの身体の事はアタシが一番知ってるさ。ほんとは肺を無くす前から、そういう契約をしてたんだ」
ラウラはサリンジャーに背を向け、そのまま彼女のベッドに腰掛けた。
「探検家ってのは愚かだよな。アーツなんて、なんでもできる魔法みたいなものを、本当に魔法だと勘違いしちまうんだからさ。アタシらは所詮、ただの人間でしかないってのに」
そう言ったサリンジャーの言葉を、ラウラはひとつひとつ聞いていた。
「ま、もっともアンタがほんとに人間かは知らねーけどさ。でもそうありたいんだろ?」
ラウラは口端を少し緩めた。
「そうだね。誰だって、バケモノになりたいわけじゃない」
カモメが海辺を飛んでいる。開いた窓から、優しい風が入ってくる。潮風の香りがする。
「じゃあ、この際アンタが持ってる重いもの、ちょっとだけ持ってあげようか」
軽い調子でサリンジャーはそう言った。
「重いよ、それは重いものなんだ」
「こう見えてアタシ、結構鍛えてんだよね」
ゆっくりと上体を起こしたサリンジャーは上腕二頭筋をムキっとするとニッと笑う。
「ははっ。……ばかだなあ」
ラウラは彼女の額に人差し指をつんとあてて、寝かせる。
そして、静かに昔話を語り始めた。
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