第77話 代償④
時が止まり、その空間の誰もが停止する。ある時、時の拘束が解かれる。瞬間、片肺を失ったサリンジャーは血を吹きだし、倒れ込む。
「(来た──)」
ファティマは見た。空から落ちてくる何かを。速すぎてそれが一体何なのか、彼女にはわからなかった。だが、その圧倒的な力──。
敵の、空間を意のままに操るなどといったふざけたアーツを手のひらだけで封じてゆく、異常性。
何より、サリンジャーの大きな代償の結果がもたらされたと理解すれば、そこに居るのは史上最強の探検家、ラウラ・アイゼンバーグその人だとわかる。
ラウラは片手で相手の空間操作での斬撃を壊しながら、穏やかな声で言った。
「すまないサリンジャー、遅くなった。そうだ、夕飯は何がいい?」
「飯は、いい。帰ったら──、ビールを奢ってくれよ。お詫びにさ──」
「いいよ。ま、禁酒定義を使ってなきゃいいけど」
息も絶え絶えそんな冗談を交わすふたり。ファティマはサリンジャーのもとに走る。
贋作ヴァニタスは動揺していた。普段、何事に関しても心を動かさない彼女だったが、そんなくだらない主義は今すぐにでも捨てるべきだと感じた。彼女は身を以って知る。偽典ネグエルが恐れたそれを。それはただの「恐ろしいこと」ではない。
「──死ぬことよりも、恐ろしいこと」
ラウラは一歩踏み出した。ノルニルが含侵し強靭であるはずの地面がズブリと沈んだ。
「なぜ私の直下部隊がミッドナイト小隊って言うかわかる?」
「──寄るな。それ以上」
「真夜中を征く者たちだからだ」
「止まれッ!」
「夜は、魔物の時間だよ」
ラウラは手を叩く。
CLAP。
その攻撃とすら言えない一瞬の虐殺は、音を超えて贋作ヴァニタスに向かった。贋作ヴァニタスはその手が触れ合う前に、全身が恐怖に支配された。
今にも自ら喉をかき切って死にたくなるような気になる。
動けない。何も考えられない。
──だが、その惨めな気持ちの中に残った唯一の反逆心が動いた。彼女の腕を、自らの能力がざっと切り裂く。痛みが彼女を思い出させ、そして贋作ヴァニタスは「虐殺」が届く前に、ポータルを開く。
ラウラはその冷たい顔で涙を流す年端のいかない敵性者の顔を見た。ラウラはその顔に違和感を覚えた。そして黙って、それ以上追うことはしなかった。
それを見たサリンジャーは口を開く。
「敵を見逃すなんて、珍しい、な。何か、視えたのか」
それ以上喋るなとラウラは言って彼女のもとに膝を付いた。それから、指で彼女のくちびるについた血液を拭う。そして少し笑った。
「やっぱり、お前にルージュは似合わないよ」
「うる、さい」
ラウラはそれ以上何も語ることなく、自身の持てる全てを使ってサリンジャーの救命にとりかかった。それはスノウホワイト隊が彼女らの救助に来るまで続けられた。
そして、《ラプラスの撃鐘》は、どこにも見つからなかった。
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