第07話 敵意①
黎明旅団第9支部、観測船マゼランは全長980m、全高120m、全幅は130mの文字通り超巨大艦船である。
艦内での移動は大抵自転車が採用されているが、皆が優秀な探検家であるため、事故発生件数は──月末の金曜日に行われる飲み会後を除けば──とても少ない。
ただ、セナは歩くのが好きだった。それは昔からの習慣で、よく変わり者だと言われた。
支部長ラウラの元へ向かう彼女はいつもと変わって見える景色に少々浮かれていた。だから、普段なら無視する鬱陶しい同期のポンドの問いかけにも応じた。
「なあセナ、20ドル貸してくんない?」
「消え失せてください」
応じるんじゃなかったと歩を進める。隣でポンドは自転車で徐行運転をしながら──しかも器用に後ろ向き走法で──セナに食い下がる。
「頼むよ~デート続きで金ないんだってば」
ポンドという男は金と異性にだらしないことで有名であり、セナをサリンジャーの次によく怒らせる人間──同期だからというのもある──でもあった。
「半々にすればいいだけのことでしょ。格好つけておごろうとするから」
「いや毎回割り勘だけど」
「だっさいですね」
ぐさっとポンドの胸に毒矢が刺さったような音がポンドにだけ聞こえた。
セナをイラつかせるのは何もこの性格だけではない。彼はこう見えて極めて優秀なのだ。
「あなたは仮にもラウラ隊じゃないですか。その稼ぎはどこへ行ったんですか」
黎明旅団第9支部の支部長《破戒》のラウラ。黎明旅団全支部長の中でも最強と謳われる探検家だ。その隊に若くして所属する彼には、相応の報酬が与えられている。いくら女の子と遊んでいたって、お金は有り余っているはずなのだ。
「この前アメリアに遠征したんだ」
「ええ」
「カジノで全部すった」
「ばっかじゃないの」
おっと、セナはつい口を塞ぐ。いけない言葉遣いをしてしまったことを反省。
「そう言うなよ~流れ星拾ったんだろ~? 新規研究ぶちあげの内祝いだよ内祝い」
「流れ星?」セナは眉をひそめて立ち止まる。ききーっとポンドも止まる。
「おう、朝散歩してたら、空から野郎が降ってきて、しかもそれをお前が受け止めたじゃん」
ポンドのくせに朝に散歩なんかするな! セナは心の中で叫んだ。
「謎の流星少年現る! 面白れぇことになったよなぁ~」
「……それ誰かに言いました?」
「いんや? 技術部門の連中と、艦内日報の編集長に言っただけ。あとサリンジャー」
てめぇ、言ってるじゃないですか! セナは脳内で地団太を踏む。
「あとでボコボコにしますからねッ!」セナはそう言って走り出した。
──サリンジャーはまずい。彼女は尊敬する師匠だけど指揮級、50等級越えの実力者だ。そのクラスの探検家が、空から降ってきた人間なんて面白い研究対象を放っておくはずがない。最悪、監禁と解剖だ。
まずは師匠のサリンジャーに状況を説明しないと。セナは方向転換しサリンジャーの私室に走る。
走っていくセナを目で追いかけ、そのフォームを見て相変わらず身体能力が高いなとポンドは感心する。彼は能力が非常に使えるものだったため、たまたまラウラ隊にいるが、等級で言えばまだ19等級、なりたての専門級だ。ラウラには遠く及ばない。
その点で言えば、セナには自分よりも上に行く資質があると思っていた。しかしそれを伝えても、セナが素直に受け取るとも思えないので、彼は彼女を特別に扱ったりはしないのだ。
「なんだよ~。大手柄で良かったなと思ったのに~」
ポンドはいい奴だ。バカなだけで。
***
階段を駆け上がり、サリンジャーの私室がある北部棟──マゼランでは船首を北、船尾を南と定義している──に向かったセナ。
そして部屋の戸をどんどんと叩いて、返事もないまま中に押し入る。
「違うんですサリンジャー! あれはただの浮浪者で、流れ星なんてことは……──」
「だははは~。記憶喪失って滅茶苦茶うけるよな~」
「これは僕にとって真剣な問題なんだが……」
「ま、そう思いつめたって記憶が戻るとも限らんだろ。飲もうぜ~!」
私室の床にあぐらをかいて酒瓶を手にするサリンジャー、そして腕を回されダルがらみされるロア。なんだこの状況は。セナは頭が真っ白になった。
──既に見つかった? ポップコーン先生経由か? いや、守秘義務があるはず……。
「お? セナじゃないかぁ。遅かったなぁ、飲むか~?」
「……いつも言ってますけど私は未成年です。それで、これは?」
治外法権だ! と叫ぶサリンジャー。酔っている。
困惑するセナを見てロアは解説を始める。
「ポップコーンの部屋で診察を無事に終えたんだが、この人が酔っていて、入ってくるなりゲロったんだ。それでポップコーンと一緒に慌てて対処したんだが、ただの酔っ払いみたいで。ちょうどセナの師匠だというから、話を聞くためにここまで引きずってきた」
──この酒カスが。セナは普段敬語だがもともと口が悪いのである。
ともかく、サリンジャーはポンドの言ったことを重視するではなく、ただ単にロアと出会っただけということを知ってセナは安心した。酔っているサリンジャーは続ける。
「ははは。そういや、ふたりは探検隊を組むんだって~?」
「ええ、その予定です。彼には編入試験を受けてもらって──」
「……──その必要はないさ」
空気が──変わった。
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