第70話 焚火③
サリンジャーが見張り番をしている間、小隊のメンバーはたとえそこが極地でも眠ることができた。極地に稀にある「スポット」という場所で、そこは安全地帯と判断してもいい場所だ。それでも、決して気を抜くことはできないが。
極地で眠ること──特に長期潜行の場合に行う──に慣れているメンバーが寝付いたのは早かった。しかしロアはなかなか眠れないでいた。それに気が付いたサリンジャーは、小さくランタンの明かりをつけ、ロアをつついた。
「よく寝られる遊びを教えてやるよ」
壁面に背を持たれかけたサリンジャーがふふっと笑った。不眠の定義、疲労先延ばしの定義をかけているサリンジャーでも、その顔に疲れが見える。ロアは師匠の言うことは聞いておく方が良いと、彼女の方に顔を向ける。
「つまんねえ話をするのさ」
「……つまらない話?」
そうそうと彼女は頷いて、持っていた本を閉じる。ランタンの灯が彼女の瞳で揺れる。
「例えば、シャンバラを見つけたら、何をしたいだとか」
「それって、楽しい話じゃないのか?」
ロアは疑問をぶつけるが、セナとの病室での会話を思い出し、ばつが悪くなる。サリンジャーは小さく微笑んで、少し目を逸らした。
「アタシとお前は少し似ている気がするんだ。周囲に言われて、一緒にシャンバラを目指して探検家をやっている。それでも、本当に行きたい場所はシャンバラなんかじゃないんだ」
ロアはしばらくぼうっとした。ランタンの小さな火が頬を温める。
「……確かに、きっかけはセナだった。自分の目的も、まだ曖昧だ」
「アタシもだよ」
サリンジャーはまたロアに視線を戻した。憂いのあるような優しさのあるような。
「ラウラや旅団の奴らはシャンバラで叶えたい夢がある。でもアタシにはそれがない。探検家って生き方は向いていると思うし、好きだ。でも、きっとそこじゃないんだ」
ふっと視線を下げたサリンジャー。ロアは少し考えて唇を動かした。
「じゃあ、つまらない話をしよう」
サリンジャーは目線を上げる。
「もしなんでも叶うのなら、あなたは何がしたい、サリンジャー」
「……──えー。なんでもか。そうだな。メシ……うーん。あ、酒が飲みたいな」
「いつも飲んでるじゃないか」
「いいや、格別の奴だよ。シャンバラの地酒をくれって言うね」
「そんなものあるんだろうか」
「あったらいいよなぁ」
ふたりは目を合わせけたけたと笑った。
「ロアは? 何がしたい」
「僕は本が読みたいな。この世の全ての物語を読みつくしたい」
「お前、活字中毒の読書ジャンキーだもんな」
「やな二つ名……」
そんな「つまらない話」をしているうちに、ロアは自分の身体がちゃんと疲れていることに気が付き、まぶたが重くなった。
ロアはまどろみに溶けてゆく最後に、サリンジャーが小さくおやすみと言ったのを聞いた。彼女がロアに向けてよく眠れる定義を書いてあげたことは、本人は気が付いていない。
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