第69話 焚火②
ロアは次に、定義構築をしているサリンジャーのことを手帳に書くことにした。
背丈はロアより少しだけ小さいが、はきはきとものを言うので、何より先輩であるという所から、自分より大きく見えるときがある。
髪の毛は腰まであるロングで、緩いウェーブのかかった青色の髪。海というよりは蒼穹に近い色をしている。たれ目で一見優しく見えるが、そうでもない。厳しい時も、優しい時も、だらしない時も、楽しい時もある。
探検家の中でも人間らしいなと彼女を見て思う。ラウラやシリウスの持つ探検家観はきっと彼女のそれとは違う。
あと、サリンジャーはいつも露出の多い服を着ているが、嫌らしさというものはなく、それは実利を考えてのこと。彼女のアーツを使うには肌が必要だからだ。特に太ももにはいくつも定義が書き込まれている。
別の話だが、飲酒をした後にべたべたと絡んでくるのはやめてほしい。彼女のことが好きなポンドでさえそのだる絡みは鬱陶しいと思っているのだ。それでも彼女は趣味の飲酒をやめない。なぜそこまで酒が好きなのかと問うたことがあるが、答えてはくれなかった。
「隊長の太ももを凝視してるロアは流石のオレでも擁護できないぜ……」
「ロア……」
「へぇ、太もも派なンだな。へえ、ふーん」
また変な誤解が増える。ロアはもう抵抗するのをやめた。彼、彼女らは明らかに面白がって──デルタは本気で心配を始めている──いるだけなのだ。特にポンドは、太平楽で何も考えていないように思うが、ロアをからかう時には頭がよく回る。
ポンドは黒髪短髪でちくちくとげとげした髪型をしている。ウニみたいと言うと怒るらしい。ポンドが怒っている所をロアは見たことがないので真偽はわからない。顔が良く、背はロアよりも低い。その分身体の使い方がずば抜けて上手く、アーツ《同期》を使う際には柔らかい身体とアクロバットな身体捌きを生かしてありとあらゆる所に溶け込む。
ロアの銃と腕を一体化させることもでき、基本的に能力の汎用性が高い。地面と同期すれば、そのフィールドは彼の支配下に入る。領域攻撃にも様々あるが、ラウラほどとは言えずともサリンジャーの空間支配80%以上と同等の力は発揮する。でも少し猫背。
そしてマゼランの9割の女性はナンパしているという恋多きバカ。欠点といえばそれくらいなものだ。彼は本当にいい奴なのだ。バカなだけで。
あとサリンジャーと結婚したいと思っているらしい。叶うかは別として、彼がナンパをやめ、真剣に恋をするのなら応援しようとロアは思った。
「ポンド、骨は拾ってあげるよ」デルタが穏やかな温かい目をして言う。
「オレ負ける前提なの!?」
ロアはそれを笑って見守る。サリンジャーは目を逸らして呟く。
「ったく、そういう観察眼は訓練の時にも発揮してくれよな」
「いつもあなたは僕をあのデカ鎌で斬ろうとしてくるじゃないか……。本気で殺そうとしてくる相手を前にこうは冷静で居られない……」
「別に殺そうとしてるわけじゃないさ。死ぬ一歩手前がちょうどいいんだ」
なにも良くないのである。
愛銃《ワールドオーダー》の整備をしながら、それらのやり取りを笑って聞いているファティマ。ロアの中では、彼女が一番謎多き人物である。
背は150㎝に満たないくらいだろうか。小隊の中では一番小さい。黒く長い髪は細く、青のインナーカラーが入っている。青い印象はあるが、サリンジャーよりもっと深い色だ。
顔は整っているとロアは思うが、いつも眠そうでだらしない顔をしているので、あまり印象に残らない。通信チョーカーを小型化しピアスにしている。そういう隊員は他にもいるが、流行らせたのはファティマとのこと。
そして、特筆すべきはその能力の高さ。15歳にして博士号を持ち、量子生物学の先端研究をしている。加えて自分の背丈を優に超えるスナイパーライフルを立って撃つ。スポッターも必要としない、完全独立極地仕様の狙撃手だ。その事実は彼女の優秀さを計るのには充分だろう。
そしてアーツ。彼女が持つアーツは誰も知らない。彼女がアマハラ人の由緒ある家の出だということは知っているが、それにまつわるアーツの秘密を同期も上司も誰も知らない。
「ウチのアーツが内緒の理由は聞かない方がいいぜ。夜眠れなくなるからさー」
「こえーこと言うなよ……。お前のアーツ、一部で都市伝説になってんだから……」
第9支部のオカルト研究クラブなる団体が一度彼女にアーツについて取材をしたが、その取材を最後にオカルト研究クラブが解散となったのは風説の中で一番興味深い話だった。
全員分のデータを書き終えて満足したロアは、インクが沈んでいくのを確認して、永劫の手帳をぱたりと閉じた。その姿を、一同がじっと見ている。
「え、なに、どうしたんだ」
「いや、さ。アタシらは自分たちのことよく知ってるけど、お前のことよく知らないなって」
「確かになー。一緒の部屋で食っちゃ寝しても知らねぇことはいっぱいあんだよな」
「ウチは知ってるぜ。身体の柔軟性が引くほどないンだ。かちかち」
「まって、あたしは沢山知ってるよっ! 本が好きで、デッキで寝転ぶのが好きで、実はジョークを言うのが好きで、目が碧くて広い空みたいな色で、優しくて──んんむっー!」
それ以上は彼女の名誉のためにとファティマがデルタの口を塞いだ。しかし、皆はロアのことが本当はたくさん気になっている。今までほっと一息をつく暇がなく、改まって聞くようなことでもなかった色々なことは、あと回しにされていた。
それでも極地という場所に共に来た仲間のことは気になる。そこでみんなは眠くなるまでロアを質問攻めにした。ロアは自分で自分のことを語れるほど、自分というものがわかってきたということが嬉しかったが、それ以上に、皆が興味を持ってくれたことが嬉しかった。
きっとそれは彼に、この世界に肯定されたような気持ちを与えただろう。そして、ファントムに対する強烈な憎悪と怒りを、この時だけは忘れることができた。
たとえそれが、心の中では燃え続ける熾火だったとしても。
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