第67話 陽動②
「こんにちは、ポップコーン。ゴールデンゲートブリッジの様子はどうですか」
ロサンゼルスに設置されたポップコーンの簡易診療所の手伝いをするスイレンが、診察を終えたポップコーンにそう訊いた。
「うむ、乖離等級はびっくりするほど高いわけじゃないんだけど、霧がしんぱいかなぁー」
ポップコーンの飼い犬ピーナッツが彼女の足元にやってくると彼女は撫でてあげる。スイレンはなぜかちょっと羨ましいなと思った。
「霧ですか」
「でもまあ、いまは皆を信じるしかないねぇ。わたしたちはできることやろっ!」
「ですね!」
ポップコーンは自分を大人として扱ってくれる人が大好きなので、彼女の頭を撫でてあげた。スイレンは自分を愛犬として扱ってくれる人が大好きだった。極めて歪な互恵関係である。
***
「定義構築──全体庇護30%!」
テッコツカジリ──カジリはより小型で群れをつくる──の大群をデルタの薙ぎ払うような蹴りが弾き飛ばす。デルタはダンスの素養があり、特にブレイクダンスやカポエイラを得意としていたので、それは彼女のアーツと親和性が高かった。
サリンジャーの定義構築の効果で、ロアとポンドもより前線で被撃を考慮することなく戦うことが出来た。ロアに至っては《エンドレスホープ》に直接ノルニルを流し、大剣のように使った方が、効率がいいと発見した。ファティマとしては複雑だったが、そういう使い方があると教えたのは自分だったので仕方ないと思った。
「ファティマ! 2時の方向、複数!」
ロアが叫ぶと、数瞬後に極地生物が熔ける。
「ロア、足元っ!」
ポンドの声でロアが跳ぶと、地中から鉄骨が生えてくる。
速度は到底見切れるものではなかったが、ポンドが同化し捻じ曲げる。
「すまない助かった」
「おうともよ」
地上500m。巨塔は既に濃霧の中に突入している。皆ガスマスクをつけ、ノルニルを含んだ霧を吸わないよう心掛けた。より微細な結晶が肺に入れば、急性ノルニル中毒になる危険性もあるのだ。
極地に潜る──この場合は上がっているが──ほど、極地生物は強靭になる。だが、それを退けて更に潜ってゆくと、個体数が減ってくる。長い戦闘局面も終わりを迎えようとしていた。
サリンジャーは敵の沈黙を確認し、ファティマがオールグリーンのサインを出すと、定義構築での支援を中断した。「はぁ、はぁ、ふー」中でも一番疲労が蓄積しているのはサリンジャーだった。
彼女のアーツは一見汎用性があるが、極地には一番向いていない。彼女は自身のファントムと、定義毎に契約をする。そのため、契約の代償が定義を使うごとに蓄積されるのだ。
「サリンジャー。もう22時だし、ここ中継地点だ。休もうぜ」
「いや、この調子を崩さずに7割まで上った方が──」
そこにファティマがひざかっくんをする。「げっ」崩れるサリンジャー。
皆でサリンジャーを担ぎ、外周から離れ、壁際に寄る。ロアは渡された塩酸を周囲と壁に撒く。それは極地生物のテッコツ系を避けるためだ。デルタはせっせと中継基地の準備をし、内側を上っているロックウェル隊とスノウホワイト隊に連絡を入れる。
「いや、アタシはまだいけるってば……」
「顔見てりゃわかるよ。オレ、サリンジャーの顔好きだし。よく見てんだ。疲れてるだろ」
何でもないふうに言うポンドだったが、その場にいたポンドとファティマ以外の面子は若干顔を赤くしていた。ロアは一応ポンドに伝える。
「ポンド。同じ探検隊の中での恋愛は禁止というルールがあってだな……」
「ん? 知ってるぜ。だから作戦が終わって、隊が解散したらオレ、サリンジャーに結婚してくれって言うんだ。それなら問題はないだろ? え、だよな?」
「ぶっ」
耐えかねてファティマが吹いた。デルタはかーっと真っ赤になって固まる。
ロアもこのバカは今何を言っているんだと疑問に思ったが、バカの思考は無敵である。
サリンジャーは大人なので何も聞かなかったことにして鼻歌を歌い、鞄の中のジャーキーを探すふりをした。その頬が少し赤くなっていたことには、誰も気が付かなかった。
「は? なんだよみんな、変だな」変なのはお前である。
ポンドには何の裏表もない。本当にいい奴なのだ、本当にバカなだけで。
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