第66話 陽動①
第02号極地ゴールデンゲートブリッジ。大断裂以前には全長約2700mにも及ぶ橋だったというが、現在ではその中央主部が上方に捻じれ、高さ1000mの巨塔となっている。内部構造には鉄骨が多く使用されているのが特徴であり、人工物が素となった極地に見られる共通の特徴でもあった。
「だが、ノルニルが自然に生成されない土地でなぜ極地が生まれるんだ」
浅層破域に達し、高さ60mにも関わらず酸素濃度が急激に低下。小隊は極地に身体を慣らす小休止「順応」を行っていた。以前ロアとセナはこれを怠り、急激な環境変化による極地酔いに苦しめられた。
ロアの問いにはポンドが答える。
「02号の場合は霧だな。ノルニルは人間の感情に呼応すんだろ? だから人間の関心が向かう先に、適した形で集うのさ」
その先をデルタが引き受ける。
「ゴールデンゲートブリッジってね、あ、というよりもロサンゼルスの北、サンフランシスコはね霧の街って有名──これも映画で見たんだ──だったらしいんだ。学説のひとつでは、ノルニルが微細化して、霧を模倣しているんだって」
「なるほど……」
サリンジャーは腕に「結界」を張る定義を書きながらその論に付け加える。
「ノルニルに意思がある云々は眉唾だがな。旅団の中でも学派とか研究派閥が色々あるから、ロア、お前もスタンスは持っといたほうがいいよ」
ロアはもっといろんな人の話を聞いてみたいと思った。もちろん、無事に帰還して。
「ファティマ、どうだ」
愛銃《ワールドオーダー》からスコープだけを取り外し、周囲の警戒を続けているファティマ。索敵に関しては小隊の中で最も適任と言える。彼女は長い髪を括って伏せながら極地周辺を見ていた。
「スノウが走り出した。中隊長が止めてるけど。ロックウェル隊は順調だよ。上方に関してはぶっちゃけ霧で何も見えない。だけど、敵さンが降ってくるような事にはならないンじゃないか。形的に? 割と気抜いてもいンじゃねとは思うけど」
ゴールデンゲートブリッジ極地の本体は漏斗のような形状をしており、落ちれば下はない。海はあるがノルニルの影響で潮流が極めて荒く、落ちたら命はない。
現在ミッドナイト小隊は、らせん状に続く外周廊下を進んでいた。内周のらせん階段を登るよりもむき出しになっている分危険だが、外を周っているだけなのでルートがシンプルである。
「そう思うだろ? だったらなぜこの極地が『未踏破』極地なのかわかるか」
結界を書くのを即座にやめ、別の定義を書きこむ、単純な定義だ。
「──定義構築、空間支配67%」
壁からぬるりと這い出てきた極地生物テッコツワタリが今にもデルタの首を食いちぎろうとしたのを、サリンジャーの定義が食い止める。
「おいおい、オレのアーツパクんなよなァ!」
ポンドはそう言ってロアの《エンドレスホープ》と腕を《同期》。
「照準は任せろ兄弟。姐さんが言うとこの、2%で吹き飛ばせ」
デルタの怯んだ表情を思い浮かべる。──怒り。これは、怒りだ。でも怒りは強すぎる。中和しないと。ロアはユンのふざけたアメリアンジョークを思い出す。頬が緩む。
「──それでもまだ濃いぜっ、兄弟!」
ロアの腕が斑に漂白されてゆく。それが閾値を超える前にポンドは引き金を引いた。射出された単純なノルニルはその濃度で鉄骨の身体を極地から生やすテッコツワタリを焼き切った。
「ひゅう! やるじゃンねー、へい、ぐーたっち」
ファティマがデルタを起こしながらロアを褒める。今までロアの一撃は、いつも自傷を伴った。しかしその制御が形になり始め、彼は無駄なく一撃を打つことが出来た。
彼は自分の心との向き合い方を学んでいた。それは、彼に意志があることの証左だ。
「ありがとうふたりとも……!」
デルタは気を引き締め《破脚》を発動させる。
「敵さんは降っては来ないが、生えてくる。この極地は発見されて以来、成長を続けているんだ。だから誰も、この極地の本当の終端を知らない」
サリンジャーの言葉に、シンジケートがこの極地を選んだ理由の一端があるように感じた。
「人間の分が悪いのか」
ファティマはサリンジャーの言葉を聞きながら、2秒間に3発の弾丸を放ち、生えてきたテッコツワタリを焼却した。サリンジャーの定義構築があるとはいえ、圧倒的だった。それでもファティマはアーツを使ってはいない。
「分が悪い、つーか。そーじゃなくて、もっと別の話な気もするンだけどなー」
ロアはファティマの方を見る。彼女は銃から気を抜かずに言う。
「重力津波を起こしたのはウチらをブチ切れさせるための言わばショー。陽動だよ」
ロアには何のことかわからなかった。サリンジャーは黙っている。
「ンで、陽動を起こす為に最適な極地があったのがロサンゼルスだったってワケ」
「つまり、シンジケートは《撃鐘》を狙っていないってことか?」
「ンや? 最終的には取るつもりだろーけど、ここが主戦場にならないように調整されてる気がしてならないンだよな。だろ、サリンジャー」
勘のいいガキは困る、とサリンジャーは頭を掻く。
「シリウスは実際、そう判断した。黎明旅団という国際軍事力の視線が逸れている内によりでかいことをするんじゃないかってさ」
「例えば戦争とか?」
ポンドが問うとサリンジャーは首肯する。
「ラウラはそのために裏で動いてる。だからこちら側が主戦場になるとはあまり思っていない」
「招集をかけた時点で僕らは作戦の中にいたということか? それってあまりに──」
「信用されてないと思うか? でもなロア。お前の力が相手方に渡ったらどうなる。あの重力津波がファントムのアーツなのだとしたら、世界は滅茶苦茶になるぞ」
ふたりの間に沈黙が流れ──。
「ぶっ。ンン。これってロアのベビーシッター作戦じゃね」
「ぶふっ」
「っふ、ふふ」
「だははは!」
「……」
シリアスな雰囲気をぶち壊すのはいつもファティマだが、今回ばかりはつられてみんなが笑ったので、複雑な気持ちに流されそうになったロアも彼女に感謝した。
「だとしても、天空作戦はやり通すんだろう? サリンジャー」
「ああ。おむつ交換はしてやれないが、ファントム狩りはできる」
そう言ってサリンジャーは後ろに迫っていたテッコツワタリを殴って沈めた。
「──僕もファントムには用事がある」
目を合わせ頷いたメンバーは充分に身体を極地に順応させた。小隊は魔の巨塔を上ってゆく。陽は沈み、ふたつの月が顔を出す。極地の夜は長いと、いつかの探検家は言った。
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