第64話 目的②
ロサンゼルス事変から4日が経過した。旅団の全面支援により、少しずつ復興が始められていた。第5支部はシリウスの指示によって復興支援に回ることとなった。彼らも第9支部を信用している。
ロサンゼルスとサンフランシスコの間にある第02号極地ゴールデンゲートブリッジ。その別名は濃霧の巨塔。今まさに、北部に集った旅団員たちが目の前にしている、濃霧に包まれた赤い塔が、今回の攻略対象であった。
シンと静まり、高台に上ったシリウスが今回の作戦目標を通達する。
「一部には情報が流れているかもしれないが、重力津波を引き起こしたのは《シンジケート》と呼ばれるゲリラだ。その正体はファントム。我々が力を借りているこの幻影だ。疑問はあると思うが、ファントムは具現化するという事実を旅団は認める」
シリウスはセレティア協定が秘匿していた事実を認めた。隊員たちの間にはざわめきが起きたが、それはすぐに止んだ。
「同時に、ファントムに堕ちた者を救う手立てがないということも言っておく。探検はもう探検ではなく、特に今回の作戦は明確な死を身近に伴うものとなる。だから、身を引く者は引いていい。……旅団には内勤や退職手当も──」
シリウスがいつもの冷たさに、少しだけ後ろめたさを抱えて話していた時、ある隊員がすっと手を挙げた。その少女は初等学生級で、特別大きな功績を残しているわけでも、強いアーツを持っているわけでもない、いわば一般未満の隊員だ。
彼女は震えながらも、はっきりと言った。
「死ぬのが怖いなら、探検家やってない、です、シリウス」
その言葉に、周囲の隊員は驚いたものの、皆考えていることは同じだった。周りは頷いて同意を示す。
「そーだそーだ! 現場なめんなよー!」
「大体、ファントム堕ちの噂なんて昔っからあったしな」
シリウスは馬鹿なやつらだなと思いながら頭を掻いてため息をついた。そしてその目に新しい火を灯す。
「……サンをつけろ」
***
「続ける。今回の作戦目標は《魔鍵》とも呼ばれる逆理遺物《ラプラスの撃鐘》をゴールデンゲートブリッジから回収することだ。シンジケートの手に渡すな。それは黎明旅団としての任務だ。そして、国際機構からの指令はシンジケートの殲滅。元々これは二次展開する予定だったが、二軸作戦として並行で進める。ロックウェル隊とスノウホワイト隊は極地南方正面から──」
サリンジャーは極狭域ラジオの電源を切った。
陽動部隊が正面から潜行準備をするのを、ミッドナイト小隊は既に極地浅層にて待っていた。セナを除く、サリンジャー、ポンド、デルタ、ファティマ、そしてロア。各々のシーカーコートには、一体どの様な思いが乗っているのか、それを知るのは当人しかいない。
「んでさ、《ラプラスの撃鐘》ってどんな逆理遺物なんだ? よく特異点っつー話は聞くけどよー」
ポンドがジャーキーをかじりながら聞いた。他のメンバーは浅層序域を超える前に装備を整えつつも耳は傾けている。サリンジャーは万年筆とインクを取り出して話す。
「噂によると運命の流れを変えることが出来るらしい」
「運命?」
「撃鐘は、過去現在未来、全ての情報を内包する。その向きを鐘の音で共振させ変えてしまえば、決められた運命が書き換わるって話だ」
「でもさ、それって検証できなくないか。ほら祖父殺しのパラドックスとかあるじゃんか」
「逆理遺物は不条理な矛盾を相殺する。確かに観測は出来ないが、それはこちら側がその領域まで届いてないだけだ──ってラウラは言うが実際アタシの知ったことじゃない。ともかくそんな噂のあるモンを敵さんの手に渡しちゃ駄目だよなって話さ」
それを聞いてひとまず納得したポンド。次はファティマが口をひらく。
「ンでさ、結局ウチらファントムをシバきに行くの? 魔鍵を取りに行くの?」
「両方と言いたいところだが、撃鐘は向こうの大隊に任せる。アタシらは等級48と等級52相当のファントム2体を狩る。ロックとスノウが頑張って宝探ししてる間、邪魔をさせない。それが仕事だ。極地自体の乖離等級は高くないが、敵がいては話が違うからな。向こうも極地にて待つなんて宣言を出している。返り討ちにするぞ」
「ン、了解」
ファティマは銃の整備に戻る。デルタは靴ひもを結びながら、張り詰めた顔をしているロアを見た。自分には何が言えるかわからなかったのだ。でも、ロアが暗澹たる内心に瞳を濁らせるのが、嫌だった。デルタは、ただロアの小指をきゅっとつかんだ。
ロアは驚いたが、それがデルタの優しさだと気づいた。それで、ロアは思い出したのだ。
彼は前を向いた。自分が探検家であることを思い出し、そして胸に刻む。
──極地で感情を動かすな。
そう自分に言い聞かせて。集中する。デルタはほっとして手を離す。
ロアはそれから逆理遺物永劫の手帳に書き込まれた、《荒濫》という人物の、ゴールデンゲートブリッジ攻略戦についての記録の確認を始めた。
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