第62話 英雄③
昨晩、ポップコーンの次に走り出したセナは、マゼランから飛び降りて街へと走った。選抜戦の応用で火力を脚力に回し、全力で駆ける。ポップコーンならきっと第二波を食い止める。そう信じたセナは、恐らく都市ガスに引火したであろう大火事を止め、二次災害を食い止めるため走った。
炎はセナの得意分野だから。
街につき、それは酷い状況だった。昼間見た景色は、黒と赤に縁どられ、見る影を無くしていた。だが人がいない、死者もけが人すら。
そこに、音もなく何かが走ってきた。警戒するセナ。だがそれは敵ではない。
「あなたはここでいったい何をしているのよ今すぐ退避──」
半タキオン状態のソフィアは稀に見る早口でそう言った。だがセナは、彼女がその速度で人々を救っているのだと理解すると、それを邪魔せず、自分にできることをしなければと思った。
セナは手のひらに炎を出し、それを消す動作を見せる。それが一番速い。
《叡智》のソフィアはそれを最後まで見ることなく理解した。「任せた」そう言い残して、彼女は次の被災者を無くすため走った。
セナは内面に集中した。そして己のファントムに声をかける。
「紅蓮セナ。例の約束の期日を、もう少し早めても良いですよ」
『言い方には気を付ける事ね。あなたはあくまで借りる側なのだから』
「この街の炎、全て消火できますか」
『レーヴァテインならできるわよ。熱はこの子の好物だもの。魔剣はあなたを焼くけれどね』
セナは少し考えた。ほんの少しだけ。
「貸してください」
『契約を縮めて、あと1年で履行するわ。それでいい?』
「──ええ」
紅蓮セナとの交渉を終えたセナの瞳に炎が灯る。自分の胸に手を当てた。そしてそこから、魔剣レーヴァテインを引きずり出す。
「(爆炎がまるで怒る蛇みたいに暴れて──)」
魔剣がまるで自分のものであるかのような感覚がしていた。普段なら多少の炎には耐性のある皮膚が焼けていく。持つ手の中で暴れる。支配されそうになる。まさに魔剣だ。セナは最後の意思を持って、街の大火を消すために、その魔剣を振った──。
「どっちの炎がじゃじゃ馬か──試してみましょうかッ!」
叡智のソフィアは見ていた。全身を禍々しい剣に焼かれながらも、町中の炎を一身に受ける少女の姿を。場違いにも、ソフィアはそれを美しいと思った。
やがて、街の火はすべて消えた。
***
ロアはポップコーンに言われた通り、セナの手を握った。セナはひゃっと驚いたが、ロアが何をしようとしているのかを知って、手を預けた。
「シャンバラに行けたら、ロアはどんなお願いをしますか?」
セナにそんなことを聞かれたのは初めてで、ロアは戸惑った。
「……今の僕は復讐を願ってしまうかもしれない」
ロアは正直に答える。セナは包帯に巻かれていない方の目を伏せる。
ふたりとも、その重力津波が人為的に起こされたものだということは聞いていた。
「もっと楽しいことが良いです。一生遊んで暮らしたいだとか」
「それは怠惰な君だけだよ、セナ。無駄遣いだ」
「いいえ、ロア。復讐じゃないなら、なんでもいいんです」
ロアは自分の手に力が籠っていることに気付き、緩めた。それでも、彼はセナをこんな目に遭わせた者を決して許すことはできないと、そう思っていた。
《叡智》のソフィアの言によると、街に火を放った者がいる。意図的にだ。
セナの無事を見届け、彼女の乖離等級が下がったのを確認すると、ロアは手を離して部屋を出た。セナは疲労から眠ってしまっていた。
「……あとは、まかせてくれ」
──この感情は何だろう。復讐って僕は言ったな。ああそうか、これが「怒り」なのか。臓腑が踏みつけられたような感覚が、皮膚を食い破られるような感触が、怒りなんだ。
感情も記憶も希薄だった彼の目には、いま、一体何が映っていたのだろうか。
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