第61話 英雄②
マゼランの第2手術室には、メスで自身の皮膚を割いて文字を刻むサリンジャーと、生命維持を行うポップコーン、他医療部門のエージェントの姿が見受けられた。
険しい顔の人々の間に横たわるのは、内臓の端から端までを炎に焼かれたセナだった。
「セナ──」
ロアは重力津波によってノルニル受傷をした人のノルニル濃度を下げる唯一の仕事があったため、外を走り回っていた。幸い、大きく精神汚染を受けた人は少なかったため、その仕事はもう終わった。今はポンドと共に昼食の配給をしている。
ロアはメンタルケアの観点から、セナの所には来てはいけないと言われていた。今ロアが怒りに支配され《虚心》が発動すれば、どんな被害が出るかわかったものではないからだ。ロアもそれは理解していた。
「(でも)」
その様子を見ていたポンドは、食事の配給をしながらロアに向けぼそっと呟いた。
「ロアよー。北部棟、ICU02-305の病室横に旨いクッキーの自販機があってよー、買ってきてくんねぇかな。ちと今手が離せないんだわ」
「でも仕事が」
「いーからいーから。な、頼むわ。金ないんだ。あと、オレじゃ意味ねーからさ」
その言葉でロアはようやく理解する。密かに、そしてあからさまに伝えられたセナの居場所。ロアはしっかりと受け取り、彼に向け頷く。
「ありがとう」
「いいって。兄弟」
***
ロアが手術室前に到着した時、ちょうど腕から血を流したサリンジャーが部屋から出てきた。ロアは皮膚を割き刻むのがより高度な定義構築だと知っていた。サリンジャーはロアをみて言いつけを破ったことに関して渋い顔をしたが、それも無理はないと咎めるのはやめた。
「セナは……!」
「落ち着け。今ポップコーンが諸々やってる」
「なら」
「あれがそう簡単に死ぬように見えるか? 大丈夫だよ」
サリンジャーはロアを安心させるために微笑んで、彼の頭を雑に撫でた。それからロアはセナが手術室から第2集中治療室に移され、そして一般の病室に移るまで、ずっと張り詰めていた。それでも、ポップコーンがほっとした様な顔で出てくると、その糸が切れる。
「ロアくん、言いつけは守らなきゃダメだよ」めっと叱るポップコーン。
「ごめん」
ポップコーンは怒っているわけではなかった。ふーっと息を吐く。
「セナちゃん、ジュースが飲みたいって。それとね、急激に上がった乖離等級を下げるために、セナちゃんの手を握ってあげてほしいの。頼めるかな」
覗き込むポップコーン。ロアは強く頷く。
「わかった」その声にポップコーンはにっこりする。
そっと部屋に入ると、消毒液の匂いがして、窓の方を見ていたセナがこちらをゆっくりと見る。
「海を見ていたのか?」ロアは彼女の近くに座り、りんごジュースを渡す。
受け取るとセナは「窓を見ていたんです」そう答えた。
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