第58話 狼煙②
「おっせーぞロア~!」
酒瓶を振り回すサリンジャー。
──ああ、遅かった。ロアが着く前に、既に地獄は完成していた。
サリンジャーの吐き跡が所々にあり、酒を飲まされ潰されたデルタ。デルタを椅子にするファティマ。ポンドと殴り合いをしているセナ。泣きながら、暴れるサリンジャーを取り押さえるポップコーン。
談話室に居たのはサリンジャー、セナ、ポンド、デルタ、ファティマ、ポップコーン。それと奥の方にスイレンとロックウェルという珍しい組み合わせ。
「ポップコーン、状況説明を頼む……」
「うぅえぇえん……サリンジャーがみんなのジュースにお酒入れたのっ……!」
「ああ……」
それだけでこのありさまか、とロアはげんなりした。しかし、酔ってはいるもののサリンジャーはちゃんとしているので、定義構築をして皆をシラフの状態に戻した。戻ると、セナはポンドを追加で一発殴り「今のいる!?」と反論を貰ったところで、落ち着いた。
それから数分間に渡ってちっちゃいポップコーンが地団太を踏みながらサリンジャーを叱った。デルタは「『ハングオーバー』だね……」と言っていたが、そういう映画の話らしい。
全員が掃除をてきぱきこなすと、談話室はすっかり元通りになった。そしてサリンジャーが座るように促すと、皆は車座になって座る。
「みんなに集まってもらったのは他でもない、ミッドナイト小隊の団結式だ」
「飲みたいだけだろ」
「ただの飲み会だろ?」
「飲みたいだけでしょっ」
抗議の声を無視して、サリンジャーはセナ、ロア、ポンド、ファティマ、そしてデルタの腕にそれぞれ濃紺のスカーフを巻いていった。
サリンジャーは珍しく真面目な顔をした。
「それはラウラ直下指揮部隊、ミッドナイト小隊の証だ。アタシはここに集った人間が命知らずの馬鹿どもとは思ってない。他の誰よりも勝算を持っていて、極地を踏みしめる者だ」
サリンジャーは人数分のコップを用意して酒を少量注いだ。セナは未成年と呟こうとしたが、サリンジャーの真面目な瞳を見てやめた。第一、ここは寛容の国アメリアだ。
すっと息を吸ったサリンジャー。
「探検家は誰も見たことのない景色を追い求める。その景色は、時に極地の奥底にあるのかもしれない。でも、それだけが答えじゃない。正しく言おう。探検家とは探し求める者だ。答えは人それぞれ違う。だが、その探し求める気持ちという一点において、それは誰にも譲ってはならない信念だ。必ず善人たれなんて言わない。ただ探し求めるその気持ちだけは、たとえ命が燃え尽きるその一瞬、その時まで持ち続けてほしい」
シンと静まる。
だが、遠くで見ていたロックウェルはそのスピーチに拍手をした。隣にいたスイレンに至っては号泣している。ロアはなんとなく彼女は泣き上戸、絡み酒の気がしていたが、それは当たっていた。そして湿っぽいのが嫌いなサリンジャーはこう続ける。
「探検前夜に酒を飲むのは、ミスって死んだとき酒のせいに出来るからだよ。まあ、気楽にいこうや。黎明を見ることのない、真夜中小隊だとしてもさ」
サリンジャーに腕を回されたポンドは少し恥ずかしそうにしていて、ポップコーンは見直したという風に笑った。小隊のメンバーは顔を見合わせる。そして誰が言葉を発するでもなく杯は真ん中に集まって、リンと乾杯の音を奏でた。
ここにミッドナイト小隊が結成と相成った。それでも夜は、まだまだ長い──。
***
「てかさ、姐さんあんなにつえーのに、なんで自分でぱぱっとやんないのかな」
酒も程よく落ち着いて、皆がコーヒーやココアに手を出し始めた頃、ポンドがぽろっと言った。いわゆる「ラウラならひとりで全部片付けられるだろ」という第9支部の論争だ。
「え、それは流石に無理でしょう。ファントムと戦いましたが、そんな生易しいものでは」
そこまで言って、セナはラウラが手を叩いただけ暴走状態のロアを鎮圧したのを思い出す。そして困ってロアを見る。
「正直分からない。偽典ネグエルと遭遇した時、それは恐ろしいものだったが、ラウラと目を合わせたときにはどうしても劣る。あの人の深淵はきっと、思うより深い」
サリンジャーはぐでぐでになりながらも、その成り行きを見ていた。そして口を出す。
「ま、できなくはないだろ。ラウラはいつも初手が奥の手だが、その奥の手はいくつもある。なんでもできるだろうな。でもそれをしないのは、ラウラが人間のことを好きだからさ」
セナが頭上に疑問符を浮かべると、サリンジャーは続ける。
「バケモノを拍手ひとつで葬れるやつを、そのあとも同じ人間って呼べるか?」
その説明でロアは納得がいった。本当にそれが正しい答えなのかは別として、ラウラはきっと人間でありたいのだ。──でなければ、ロアにチェスで負けたりするはずがない。あの日の約束をいつ使うのか、ロアはずっと考え続けている。
そして各々が考えを巡らせている頃、サリンジャーは呟いた。
「あたしらも最強者に頼ってばっかじゃいけないって話でもあるな。……あの人が居なくなった後も、人間はきっと続いてくんだからさ──」
酒を飲んでぶっ倒れたサリンジャーがその先を続けることはなかった。
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