第57話 狼煙①
「これ美味しいっ!」
ロアははみ出したソースをたっぷり頬につけても気にしないその子を見て、面白く思った。テーブルの紙ナプキンを数枚とって、彼女に渡す。
「僕もあまり詳しくはないんだが、友人──ポンドって言うんだけど──がこの系列は野菜にこだわっていると言っていたので、ここにしたんだ」
女の子はオッドアイを輝かせた。右が桃色、左が碧色。少し珍しいなとも思ったが、ここはアメリア共同体だ。そういうこともあるのだろうと納得する。
彼女がハンバーガーにかぶりつくと、細く短い黒髪の端が揺れる。紫のメッシュはおしゃれなのだろう。ただ、髪に気を使う割に服は無地のパーカーだった。ロアにとっては、服はセンスより機能性が重要なので、彼女にはシンパシーを感じた。
「ところで君、名前は?」
そうロアが問うと、女の子の身体がビクンと跳ねて、少し委縮したように思った。
「……」何かを迷うように伏し目になる。
「ううん、ごめん。嫌だったら大丈夫だよ──」
「よっ、ヨシュア。それがわたしの名前」
女の子はそう名乗って、何かを恐れる様にロアを見た。ロアは自分もハンバーガーを食べながら、そうかと言って自分の名も教えた。
「君は何を恐れているの?」
ロアは踏み込んだ問いをよくする。それは悪いところでもあるが、良いところでもある。ひゅっと身体をすくませて、少し周囲を見る少女。そしてロアを見る。
「……人が怖いの」
たっぷり時間を取ってからそう言ったヨシュアは、ポテトをつまんだ。ロアはそれを聞いて、静かに返す。
「僕も怖い?」
ヨシュアは首を振る。
「よかった。嫌われたら嫌だし、お代も返してもらわないといけないから」
「あっ、しっかり取るんだ……」
やや白い目でロアを見るヨシュア。ロアは平然と答える。人が怖いというのは少し気になったが、仲良くなってしまえば関係ない。
「友達の間に貸し借りはなしだ。僕はそう思ってる」
セナとポンドはよく喧嘩をするが、良い友人同士だ。友人同士に貸し借りはない。借りてもちゃんと返す。だからこそ相手を対等に見ることができる。ロアにとってそれが一番言うべきことだった。
その言葉を聞いて、ヨシュアのオッドアイはきらきらと輝いた。
「わ、わたしと友達になってくれるの?」
「一緒にハンバーガーを食べたら、友達だ。そうだ、ハバフレだ」
ロアの絶望的なネーミングセンスにまたしても白い目を向けつつ、それでもヨシュアはその言葉がとても嬉しかった。彼女の頬はぽかぽかと紅潮し、もぞもぞしている。
「催したなら早く教えてほしい」ロアにはやはりデリカシーがなかった。
「ちがうよっ! その、あの、あり、ありがとう。ロア」
口にまだソースをつけた彼女を見て、ロアはふふっと笑った。
ロアにはこの少女が抱える何らかの深淵が見えていた。それは人間関係に関する何かなのだろう。そんな彼女の目が、あの日みたセナの瞳と重なって見えた。だからこそロアは道化を演じることにした。
でも、友達になろうと思ったのには理由があるわけではない。理由などなくても勝手になっているのが友達だと、彼の中に芽生え始めた哲学が囁いていた。
ふたりは店を出ると、それぞれの家に帰ることにした。ヨシュアはこの辺りの本屋をよくうろついているとのこと。聞いたところ、彼女は17歳。ロアとほぼ同じで、その若さで大きな仕事を任されてアメリアに来たのだという。
ちなみにさっき寝転んでいたのも、仕事ができるか不安でそうしていたとのことだった。ロアはそういうことにしておこうと思って、あえて何も言わなかった。
ロアも詳細は話さなかったが、仕事でしばらくアメリアにいることを伝えると、ヨシュアは「また会えるね」とにっと微笑んだ。やっと彼女が見せた普通の笑顔だ。
これも何かの縁だと言って、またシグナルを介して連絡が取れる様に、ふたりはコードを交換して、その日は別れた。昇ったふたつの月だけがふたりの背中を見守った。
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