第49話 離陸③
サリンジャー隊が帰艦した後、デッキ直上のブリッジにて会議が行われた。
ロアとセナは当然会議に参加する階級でもないので、ロアはファティマとの射撃訓練、セナはひとりで《Rye》に籠って、仮想極地13等級に潜っていた。
「ポップコーン。ロアの健康状態はどうだ」
ラウラが会議を始める。
戦術ホログラムが展開されるテーブルを囲む幹部たち。ユンはモニターの中からカタカタとキーボードを叩いて画面を操作している。ポップコーンは机からおでこだけ出ている。
「ロアくんの傷はもうほぼ完治してるよっ。ラウラが無茶したから心配したけど、逆にそれがよかったみたいっ! もしかしてそれを見越していたの~?」
「ん? あー。そうそう。そうなんだ。私はなんたって最強の探検家だからね」
「んなわけがあるか。この馬鹿は自分の事しか考えちゃいねえよ」シリウスの鋭い指摘。
その様子を見ていたロックウェルはその「いつも通りの風景」に安堵した。
彼女は、黎明旅団第9支部は決してファントムを殲滅するための集団じゃないと彼女は思っている。
だが、ここのところの相次いだ強襲により、ラウラやシリウスがそちらに舵を切っていてもおかしくはないと思っていたのだ。
実際、ラウラはシンジケートを討伐目標として定めた。だが、彼女の目線はもっと遠い。
「今回の遠征の行き先は東の海の先、アメリア共同体──ロサンゼルスだ」
ラウラがそう言うと、隣のサリンジャーはホログラムに触れながら疑問符を浮かべる。
「シンジケートの根城でも在るのか? あの極地は一筋縄ではいかないだろ」
「そうだね、あそこには別の目的がある、皆も聞いたことくらいはあるだろ《魔鍵》のこと」
その場にいた全員がすっと息を吸って黙った。それはシャンバラと同じく、探検家の間に語られる幻の逆理遺物。
当然その存在をまともに信じる者も少ない。
「──ラウラ。ヴィンソンマシフの惨劇を忘れたのか。前も言ったがそんなものは存在しない」
シリウスが言う。彼は探検家にしては珍しい極度の現実主義者だ。極地潜行も、実際的な利益がない場合は申請を却下する場合がある。
「お前みたいな偏屈がいないと烏合の衆になる。だから支部長としてそういうところは評価するけど、同期としてはもっと楽しい探検家になって欲しかったね」
ラウラがそう言って笑う。目は笑っていなかった。
「ユン。今保有している情報を展開してくれ」
「んえっ!? マ、マジ? やっちゃうの? 誰にも内緒って言ってたじゃんネ……?」
ラウラが再度頷いて見せたので、ユンは《魔鍵》に関する機密データをホログラムで展開し皆に開示した。それを見たサリンジャーは口を覆った。
「大まかな存在位置に……、確実に存在するふたつ……。敵の手には既に一つだって?」
「私がシャンバラの存在を本気で信じている根拠はこれさ。まず、私はこの眼でふたつ《魔鍵》をみたことがある。そしてまだ見ぬいくつかに関しても、大まかな場所の検討をつけている。──残念ながらそのうちのひとつ《シュレディンガーの銀鍵》は敵の手の内にあるがね」
魔鍵。それは、使用者に運命を捻じ曲げる程の力を与える逆理遺物。他の遺物が理に反するものであれば、魔鍵は理を作り出すもの。
世界に7つ存在するとされているそれは、特異点とも呼ばれている。
「火のない所に煙は立たない。7つの魔鍵はきっとシャンバラにつながる。信じる価値は充分にあると私は考えているけどね」
どこを見るでもなくそう言ったラウラに向けて、言葉を発したのはロックウェルだった。
「……乗った。敵よりも先に取ることには大きなメリットがある。──ただし、人死にがないことを約束してくれラウラ」
エリス・ロックウェルはシリウスに似てリアリストで合理主義者だ。それでも探検家として譲れない心の中のわくわくを抑えることが出来なかった。
堅物の彼女がそう言うので、他のメンバーも頷くほかなく、実際に彼ら彼女らも、わくわくしていた。
最後にシリウスが諦めて頷くと、今回の遠征の許可が正式に降りることとなった。
「しかし、シンジケートの討伐と魔鍵の奪取には、具体的に何の関係があるんですか?」
観測船マゼランの舵をとる一等航空士、操舵長のラーセルがそう質問をした。それにはサリンジャーが答える。
「アタシが奴らなら魔鍵は当然集めたい。そのために戦力の多くを割く。ならそこを叩けば、敵方の戦力の多くを削れるって算段、ってところだろうな」
「なろほど。えっと、それじゃラウラさんが知ってるあとひとつっていうのは?」
操舵長が訊いたが、ラウラは適当な顔をしてそれを誤魔化した。
「シンジケートよりも先に《魔鍵》を回収する。それが今回のミッションだ」
そう言ってラウラはシャツの袖をまくる。袖をまくったのを見てラーセルはぎゃっと叫ぶ。彼は質問なんてしている場合じゃないと、慌てて館内放送をつないだ。
「全艦、浮上に備えろ!! 繰り返す!! 全艦、浮上に備えろ!!!!」
そう、操舵長にとって腕まくりは合図だ。
「すまないラーセル、今は答えられない。あいにく、時間がないんだ──」
《Rye》が緊急停止して不思議に思ったセナは館内放送を聞く。
「緊急だ、これは訓練ではない!!!! 繰り返す、これは訓練ではない!!!!!」
──GRAAAAAAAAAAAAAAAAA。
船体が斜め45度に傾いたと思ったら、元に戻り、轟音が周囲を包む。
シリウスとポップコーンはマゼランの各部門に緊急浮上の通達。サリンジャーはデッキから転げ落ちた連中──一応重力で拾われてはいる──を救助しにロックウェルと走る。
ブリッジではただひとり、ラウラ・アイゼンバーグが両手を伸ばしていた。指先が精緻に船を操る。それはまるでオーケストラを操る指揮者のようだ。
ラウラのアーツのひとつ《潮汐》。その力は重力操作。極地観測船マゼランを大地の重力から解放し、上方に吹き飛ばないよう押さえつけ、前方に超重力を作り、推進。
操舵長ラーセルは気合いで立ち、舵を握る。
船を操舵するのはラーセルだが、この船を飛ばすの自体は技術ではなく、ただラウラの指先だ。
「じゃ、行こうか」
──VARI、VARI、VARIT。
観測船マゼランはその巨躯をアマハラ自由領の大地から引きはがし、上下、左右方向に反転。その行き先をオラシオンで最も強大な国、アメリア共同体へと向けた。
ロサンゼルス到着までは、幾日か。
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