第48話 離陸②
ロアはただ闇雲にぐちゃぐちゃに破壊され再生されていたわけではない。
彼はその「痛み」を重視していた。ロアの身体はノルニルの様な挙動をする。感情が出力に直結する。怒れば怒るほど100%の天井は上がっていくのだ。
だが、問題は制御ができないことにあった。感情は数値化ができない。だが、痛みならば可能だと彼は仮説を立てる。ロアは痛みを受け、そのレイヤーを作り、痛みの度合いによって出力調整をしようと考えたのだ。
──上手くいくかはわからない。でも、やるだけやってみよう。
ロアは自分の腹を思い切り殴りつけ、這いつくばる。
スイレンはそれを見て「ああ、壊れちゃってる」と思ったが、警戒は怠らなかった。
拳を握り、代価の「発汗」を支払う。
スイレンのアーツは《鉄拳》。その能力は単純明快、鋼鉄をも曲げる打撃を放つ。
スイレンは多量の汗をかき──彼女のファントムは熱血系であり汗を流すことを至上の喜びとしている──ながら拳を突き合わせ力をためる。
ロアはゆっくり立ち上がり、その痛みの度合いを参照、この痛さは2%に値するだろうか。ロアの碧い瞳が、片目だけ白く濁る。《虚心》が発動し、彼は駆動する。
スイレンはその唐突な変化に目を疑った。だが、ソレがまるでさっきとは違う雰囲気を放ちながら動いていることをすぐに理解し、拳を地面に撃つ。
空に跳ね上がるスイレンの身体、一瞬だけ遅れてロアの指が空を切る。
GRAAAAAASH──。
スイレンはその残響が耳に届き、恐れが湧いた。
ロアはこの時、痛みの出力を誤っていた。
実際、スイレンの言っていたことは正しかったのだ。ロアは痛みに慣れるべきではない。それはアマハラ流とは関係ない。彼が痛みに慣れれば、調整弁が曖昧になるということ。
現在彼は《虚心》を20%出力している。それはサリンジャーの放つ一撃にも比肩する。
「くっ──」
空中で身を翻したスイレンは地上からこちらを刈り取ろうと狙うロアに向け拳を溜める。一撃だけでも当てれば──、そう思った瞬間に、それが間違いであったと悟る。
ロアは《虚心》を解除。そして、ただスイレンに向けて手を伸ばした。
ロアは触れれば相手のアーツを無にすることができるのだ。
スイレンはふっと笑った。彼は正面から挑む気だ。彼女は刹那、思考を巡らせる。
──こんな近くでラウラ様がみている。私なんて、ただの路地裏の捨て犬だ。それを拾ってくれた人に、今の私を見せたい。私は負けませんよ、ロアさん。あなたが特別でも何でも、私には関係ない。ラウラ様の犬は、私一人で充分なんです!
ノルニルは心の発火で爆発的な力を生じる。
「盾か矛か、やってみようじゃない」
スイレンは両手を組み、ロアを破壊しようと身体を振り下ろした──。
***
「──ひ~、あっはっはっは。まさか相手のアーツを無力化したあとのこと考えてないなんて思ってもみなかった」
ラウラは腹を抱えてケタケタと笑っている。
ロアは無事にスイレンのアーツを無力化した。だがスイレンに触れた後、降ってきた素のスイレンに馬乗りでボコボコにされたロア。現在はスイレンの尻の下でうなだれている。
「ありがとうございました《鉄拳》。またお願いしますね」
拳にそっと口づけをしたスイレン。彼女の頭を撫でるラウラ。犬のように喜ぶ秘書。
「というわけだロア。君はまだ専門級にも及ばない。極地潜行スキルも経験も足りない未熟者だ。それでも私は君を選ぶ。君を利用するためにね。君はまだやれるかい」
ラウラが試すように言うと、スイレンの尻の下にいるロアははっきりとした声で言う。
「違う。利用するのは僕の方だ。ラウラ、あなたは僕とセナがシャンバラに到達するまでの中間地点に過ぎない。そっちこそまだ頑張れるのか」
私が頑張る? ラウラがそう言うと、観客から拍手や指笛といった茶化しが飛ぶ。ラウラは笑いながらしゃがみ、ロアを覗き込む。
「頑張るって言葉は嫌いなんだ。頑張りはしない。ただ、やるだけだよ」
ロアもそれに笑って応じた。
「ああ、なら僕もだ」
ふたりにしか通じない空気感に嫉妬したスイレン──もういい大人である──はロアに体重をかけて抗議した。
それを見ていた隊員たちは改めてその傲慢で豪胆な新入りを迎えようと考え、見守っていたセナは彼の言葉に勇気づけられ、サリンジャーが帰ってきたら訓練を増やそうと決めた。
ただ皆は思っていた。女子の尻に敷かれていなきゃ、かっこよかったのに、と。
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