第05話 世界①
巨大艦船はロアが思っていたよりも遠くにあり、そして思っていたよりも大きかった。
全長1㎞前後で、深く地面に刺さっているが建物ではなく、普通の船として運用されているかのような雰囲気があった。ふたりが近づくと、夏の日差しを遮って涼しさを感じさせた。
「ここが黎明旅団第9支部、観測船マゼランです」
なぜかセナはえへんと偉そうにした。
「大きいな。これが本当に船?」
「ただ大きいだけじゃないですよ! この艦船は空を飛ぶんですから」
「これが?」にわかには信じがたいとロアは思う。
「ほんとですよ? まあ見るまで信じがたいですよね。ちなみに、ここ渋谷基地は着陸がしやすい地形なので、隣の秋葉原とまたいで停泊しているんです」
セナは軽い説明をしてからロアを連れ、本艦が接続された長い階段をのぼり、艦の中に入る。
艦の中は思ったよりも涼しく、外殻の物々しい様相からは想像ができないほど洗練された内装でロアは驚いた。彼女のジャケットと同じく、白磁色と紺青を基調としている。
「意外と綺麗でしょう? 外側はプラウダ帝国から拝借したものですが、内側は黎明旅団が使いやすいようにフルカスタムしてあるんです」
「(拝借……?)」
「とりあえずは先生に体調とか諸々見てもらいましょうか。あなたも降ってきてからぐっすりでしたから」
拝借の部分が気になるなぁ、とロアは思いながらもセナの後をついていく。途中で道を教えてもらい、あとはロアひとりで向かうらしい。
というのもセナはセナで一連の報告を旅団にしないと、とのことだった。そこでラウラの名前が出てきて、ロアは少し驚いた。
ラウラは支部長云々と言っていたが、ロアにはその辺りがよくわかっていなかったので、自分が誰に向かって旅をすると宣言したのかも、あまり理解していなかった。
それはともかく、ロアはセナが自分のことをどう説明するのか彼は気になった。
「大丈夫です。悪くは言いませんよ。そこら辺で拾った浮浪者という設定にします」
「それのどこが大丈夫なんだ」
ともかくふたりは一旦別行動をして、ロアは教えてもらった通り例の医療部門のチーフに会う為、医療部棟へと向かった。
***
丸い窓で陽光が切り取られ差す廊下をしばらく歩くと、ふと消毒液の匂いが漂った。
全体的に青白い配色で、なんとなく清潔そうな雰囲気がする。いくつかある部屋の内、セナに指定されたのはネームプレートが一番低い位置に取り付けられている所だ。見つけて、そのあまりの低さにロアは驚くが、たしかにあった。
こんこんとその扉をノックすると「はぁい」と柔らかく幼い声がする。許可をもらったので、ロアは部屋に入った。
内は簡易的な病室のようで、診察用のデスク、それからベッドが4台置いてあった。そしてそのデスクの前のくるくる回る椅子に座って、幼女が何かを書いていた。ロアが入ってくると、彼女はぴょんと降りて片腕をあげた。小さい子だ。
「こんにちは!」
幼女の元気な挨拶。ロアは微笑んで返した。
「こんにちは。君、『先生』と呼ばれている人を知らないか? 探しているんだ」
「きみがロアくんだね! わたしはポップコーン、お医者だよ!」
ロアは彼女のおままごとに付き合ってあげようかとも考えたが、もしセナにほかの用事があるのだとしたら遊んでいる暇はない。
「すまない、今は遊んであげることが出来ない。でも、いつか遊ぼう、約束だ」
「???」
頭の上に疑問符が浮かぶポップコーン。
「ごめんよ。全長130㎝のお医者さんという設定は素敵だが、今はあいにく時間がなくて。暇さえあればごっこ遊びにも付き合ってあげられたんだけど」
「わたし本物のお医者なんだけど!?」
幼女は愕然として反論。
「うそつけ」もはやロアの口調は雑になっていた。
「噓じゃないよっ! 28歳のグラマラスでようえんなお医者なんだよ!」
「それは本当に嘘だろ」
「うっ!」
しかし、彼女は本当に白衣を着ていた。明らかにサイズが大きく引きずっているが、借り物ではなく着慣れている感じがある。
それに彼女がデスクで書いていたのは、どうやらロアのカルテらしかった。
「え、本当に君が医者なのか」
「そう言ったじゃない! たしかに身長はちょ~っとだけ小さいけど!」
「ちょっと???」
「……随分」
その訂正に満足したロアは、ポップコーンが首からさげた名札を見つける。その名札は社員証のようなもので、Dr.の文字が、ポップコーンが博士号を持つことを証明していた。
「……冗談かと思って」
「しつれいしちゃうよ! まったくだよまったく!」
ぷりぷり怒る姿は、子どもそのものだが、これ以上何か言うのも建設的ではないとロアは判断した。
「すまない。じゃあ、検査を諸々お願いしてもいいか、ポップコーン先生」
「うんっ!」
先生と呼ばれたことをとても喜んだポップコーンは満面の笑みを返す。
***
「身体機能に異常はないねっ。基本なにもおかしいところはないよ! でもなんでだろう新しい方の計器類がぜんぶ使えないんだよね。あなろぐ検査では全部だいじょうぶ!」
──新しい方がだめなら駄目なのでは?
ポップコーンがくるくる椅子に座り告げた後、そういえばとロアは言う。
「どこもおかしくないのか? 僕には記憶がないんだが……」
「う~ん。少なくとも外傷性ではないし、今は心因性と見るしかないかなぁ」
ポップコーンはペンで頭をぽりぽりした。そしてロアの疑問は増すばかりだった。
「……そうか。見てくれてありがとう」
「どういたしまして~」
ロアに合わせぺこりと頭を下げるポップコーン。また何かあったら伝えるねと約束するポップコーン。そのあと、彼女はロアの今後について興味を持った。
「ロアくんはこのあとどうするの?」
「ひとまずセナと合流して……、あ、そうだ、ポップコーンに編入試験を……──ん?」
彼が困惑するのも仕方がない。セナは彼に具体的なことを何ひとつ教えていないのだ。
「ね、世界のことが何もわからなくて、怖くはない?」
ポップコーンは優しい声で言った。
検査中、ポップコーンはロアの持つ世界観が、自分のものと根本的に異なることを感じていた。
常識と呼ぶべきある一定の知識はあるが、ある地点からの歴史的背景がある事情について、一切知らない様なのだ。
大断裂──未曾有の大災害で世界が一変したあの瞬間から始まった祈暦1084年までの新世界のことを、彼は何も知らない。
──まるで、大断裂よりも昔から来たみたい。ポップコーンはそう思った。
「……知らない事ばかりで不安はあるよ。例えば探検家って何なのかとか」
「それ知らないでここにいるの!?」
「訊く暇なくて……」
ポップコーンは腰に手をあて、よし! と言う。
「じゃあ知りたいことがあれば、このポップコーン大先生が教えてあげよう」
「おお」
ロアは小さいのに貫禄があるその姿に思わず拍手する。小さいのに。
「まずは探検家だよね。まあ、説明も何も文字通りなんだけど、一応説明するねっ」
よろしく頼むと、ロアは先を促した。
「今から1000年前、世界が祈暦っていう紀年法をつかいはじめる前の世界で『大断裂』がおきたの。それは、とにかくおっきな爆発……うーん、災害? 大災害だとおもってほしいんだけど、世界はその大断裂で、めちゃくちゃになったの」
セナが道中たまに出した大断裂という語はそれを指していたのかとロアは理解する。
「大断裂以前の文明の記憶は、ちょうど4分の3失われちゃって、いろんな技術がぶらっくぼっくす化しちゃった。みんな困ったので、探検家となのって、それを研究するための組織を作ろうってことになったのです」
「それが黎明旅団?」
「そう! 探検家はここにしょぞくする研究者のことなの。っていっても支部とか隊によって考え方はさまざまで……」
「ポップコーン、探検家は皆セナの様な特殊な能力が使えるのか?」
「あ、もう見せてもらったんだね」
「吹き飛ばされた」
「ごしゅうしょうさまです……」
ポップコーンはデスクの本棚を少し探って、たたまれた紙を取り出した。ポップコーンがそれを広げると、それは地図であることがわかった。
「これはこの大陸オラシオンの地図なの。ここの赤い点わかる?」
ロアがデスクの方に身を寄せて覗き込むと、地図中のあらゆるところに赤い点が書き込まれていることが分かった。ロアはそれに触れる──。
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