第47話 離陸①
甲板、南部デッキ。第2運動場。夏の日差しと大勢の隊員が見守る中、ラウラの数メートル手前でロアは這いつくばっていた。蝉の声が鼓膜を揺らす。
「出力2%を維持するんだ、少年。0.1%でもぶれれば君の身体は爆発四散する」
「わかっ……」ロアは言葉を発するのをやめて集中した。
サリンジャーは現在、東北は白神山地──アマハラ最大規模の極地──の偵察と、本目的であるアマハラ総大将関守家への挨拶をするためにマゼランを空けている。
今日はその遠征2週間の最終日。正式にラウラの記録官となったロアはしばらくラウラから直接の指導を受けることになった。
記録官とは名ばかりで、ラウラ直属の雑用係の様なものである。だがそれは旅団において、彼女から認められたことを意味する。
隊員たちは当然嫉妬の目を向けた。ロアはまだ旅団に入ったばかりの新人。皆、自分より格下の探検家が、戦略級かつ支部長のラウラ・アイゼンバーグの記録官になり、あまつさえ直接指導を受けるなど見過ごせるはずもなかった──……。
「それにしても、観客増えましたね」
サングラスをかけてズズズとジュースを吸うセナ。
「だってロア氏がぼこぼこにされるの、ごめんだけど面白いネ」ケタケタ笑うユン。
「駄目だよっ! ロアくんだって頑張っているじゃない! 応援してあげようよっ!」
ポップコーンの言葉にセナとユンは斜め下隣を見る。ポップコーンは救急セットの箱の上に座ってカラメルポップコーンを食べていた。ロアがボコボコにされる様子をショーとして満喫しているので一番タチが悪い。
「もう! ポップまで! ろ、ロアがんばれ~……!」
控えめに応援するデルタ。おにぎりも握ってきた。
先述の通り、はじめこそロアをよく思わない者は多かった。だが二日、三日と訓練を重ねるたびにその風向きは変化していった。
ラウラのアーツのひとつ《踊子》によって一度ぐちゃぐちゃに骨を折られた後、ノータイムで修復される。
それが3日目まで寝食無しでぶっ続けに行われた。サリンジャーの定義構築と違って、状態が元に戻るだけなので痛みは累積される。
ラウラの《踊子》ではアーツの代償で生じた傷を治すことは出来ない。それはもはや訓練というよりも一方的な蹂躙に見えた。
その訓練は隊員たちの間に「極地で死んだ方がマシ」という言葉を生んだ。そして嫉妬していた隊員たちも、その訓練でショック死をしないロアを褒め、賞賛する様になっていった。
だが、その訓練内容は「憎むべき敵にする攻撃を僕にもやってくれ」とロア自身が申し出たというので、隊員たちは全員ドン引きした。
その結果、彼とラウラの訓練風景は、エンタメの少ない旅団での娯楽のひとつになった。
「しかし、ラウラのアーツを間近で見られるなんてすごい価値ですね」
「あの少年には悪いが、後学のためにきっちり見学しよう」
ロックウェル隊隊長のエリス・ロックウェルは第2中隊長のソワカを連れて観覧している。デルタはその様子を見てぷんぷんと憤慨したが、しかしそれはロアの望んだことである。
あとデルタは、実はロアにはサディスティックの方が効くのかな、などといった間違った方向への理解を示した。
「ロア。《虚心》を100%出し切った時、私が近くに居なければどうなる」
「人が……死ぬ……」
ラウラは頷いた。彼女は現在、アーツ《潮汐》を使用し、極地における異常重力を再現していた。
「ルールをおさらいしよう。君は指一本でも相手に触れればその相手のアーツを無力化できる。私を無力化すれば君の勝ちだ」
「あ……あ……」
這いつくばって集中。感情を身体に循環させる。そして増幅。振幅を一定に保つ。波動がぶれれば、観客を巻き込む惨事が起きる。ロアがセナと同等の身体能力を得て、極地踏破という長時間行動をするには2%が限界であり適当だ。
そして2%ならばこの異常重力を突破できる。
ロアが過ごした三日三晩の破壊と再生によって、とうに痛みの閾値は超えていた。それでもロアの身体は適応しようとあがき続ける。
「あのラウラ様……。この下賤の男をかばうわけではありませんが、そのあたりで止めてはどうでしょうか……」
ラウラに梨ジュースを持ってきたスイレンが言う。
「スイレンが私に物言いなんて珍しいね。でも彼はこれを望んだよ」
淡いピンクの髪をなびかせ、スーツで少し暑そうにするスイレンは少し考え、悩んだが、それでもラウラに意見することにした。
「思うに、痛みには慣れない方が良いと思うのです。痛みとは、過去を刻むもの。そして思い出すものです。確かにこの方法は合理的ですが、アマハラ的ではありません」
ラウラはそれを聞いてふむと一考する。彼女はスイレンを一流とは言わずとも良い探検家だと認めているので、その言葉は一考に値した。
そしてラウラは唐突に《潮汐》を解除した。反動で吹き飛ぶロア。
「じゃあ、スイレン。アマハラ人の流儀を彼に教えてやってよ」
「承知いたしました」
瞬間戸惑うが、すぐに返事を返すスイレン。
彼女は薄桃色の髪をゴムで縛り、スーツのジャケットを脱いで腕をまくる。靴も靴下も脱いで放り、パキポキと骨を鳴らして戦闘態勢に入る。ラウラは吹き飛んだロアにむけて叫ぶ。
「ロア! スイレンに勝てたら彼女が君とデートをしてくれるらしい!」
「なっ──!?」
「ヴっ」
「えっ!?」
数人の異論が聞こえる。
「あなたは……いつも冗談ばかり……。だが……この勝負、僕がもらうぞ──!」
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