第45話 疑義②
「ユンの……幽霊……」
「珍妙な格好の幽霊……」
『なんでやネン、脚あるやろがい!(よっ、美脚)』
そこには端末のディスプレイからそのまま飛び出してきたようなユンが居た。紛れもない本物だ。セナは真剣な顔で聞く。
「……ユンっていったい何者なんですか? そういうアーツなんですか?」
決め顔をするユン。
『ふっふっふ、ついに正体を明かす時が来たネ。実は~っ! この、世紀の大天才人間国宝アイドルウルトラ世界遺産テラカリスマガールであるユンたゃは~──《ファントム》なんだよネ~っ!!(いえーい)』
その単語にセナとロアは動揺する。ユンがファントム?
『ほらほら吹き出しが「」じゃなくって『』でしょ~! あ、オマエらには見えないか。んで、普段はAIとか電脳体になれるアーツを持ってンだとか言ってたんだけど~。敵側のファントムたちの動きがヤバ気味だもんで、ユンたゃは旅団の敵じゃないよーんって明かすしかないと思ったんだ~! もうしょうがないネっ』
ぴーすぴーすと宙を自由自在にくるくる回るユン。ロアは真剣な面持ちになる。
「あの、聞いてもいいか」
『いいよ! ファントムの特性とか、ユンの正体についてなんでも答えるネ!』
「……なんで君はいつもビキニなんだ?」
『かわええからやろがい!! ってか今は世界観に関わる重大なこと聞くとこじゃネっ?!』
ロアはつい勢いで気になっていたことを聞いてしまった。
「……かわいいのはスタイルが良いからですよ、むかつく」ぼそっと呟くセナ。
えぇ……と懐疑的な目を向けるユン。セナは細身なので色々コンプレックスがある。
「まあ、冗談はさておき」
「私は本気なんですが?」
ロアはジトっとしたセナの目をささっと避ける。
『ユンはセナ氏のスラッとしたとこ好きだぞ~。腹筋も割れてるじゃん。あっちょ、投げないで! 物を! 投げないで! 透き通るから痛くはないんだけど心が痛いネっ~! もう……! 人間って面倒くさいネっ』
「すまない、僕らは君と話すのが好きなんだ。それで、改めて説明をお願いしてもいいかな。君がファントムだっていうのはどういうことなんだ?」
ヘトヘトのユンは無い襟を正し、んんっと咳ばらいをする。そしていつになく静かな顔をした。
『ユンは極地で旅団に拾われたネ。生まれた場所の記憶もあるアル。ユンのいた世界はROOT-616。「大断裂」が起きなかった《西暦》の世界アル。その世界とこの世界が同一線上の分岐変化の先だということも知ってるネ。ま、それを知ってるのはこの眼によるモンだけど』
「じゃあ本当に──」セナは考え込むようにつぶやく。
『まっ、ユンたゃは引きこもってパソコンいじいじするのが好きだったから、今の生活に不満はないんだ~! 多重平行世界うんぬんに関しては、ぶっちゃけよくわからんけど、少なくともこの世界は単一の世界じゃないネ(激むず)。ん~、いくつかの糸が寄り集まってて、その中心にあるのがここ? みたいな?』
「ファントムは他の世界から来た──。嘘じゃないのかもしれない……」
「ではそれを信じるとして、なぜ偽典ネグエルはこの世界だけを狙うんでしょうか」
ロアはネグエルに言われた、彼がこの世界にしか存在しないという事実を伝えるか否か迷った。
その情報だけは確証がない。彼がこの世界にひとりしかいないというのを明かすのは悪魔の証明だ。ネグエルが言ったことだ、根拠もない。それがわかるまでは、その情報について伏せておくべきだと、ロアは考えた。
だが、それには保身の気持ちもあった。もうバケモノとは思われたくない。
「──……」
セナに隠し事をするということに、胸が痛んだ。
「ユン、話してくれてありがとうございます。この事実はどうしましょう」
「まだ情報が少ない。真実と確定していないことを流布するのは避けよう」
ロアは消極的にそう言った。「ロア?」
セナは基本的に人の感情の機微に疎い。だがここぞということは、大切なことには気が付ける。ロアが何かを迷っているとセナは感じた。それでも、セナはパートナーを信じて、その偽りを受け止めることにした。
──彼が今話すべきでないと思ったのなら、きっとそうなのでしょう。
セナはそう思って、壁に背をつける。
『ひょえ! ユンの言ってることが嘘言うアルか!』
空気の読めない女ユン。
「違うよ。君の存在が危険視されるといけないから、隠すんだ。君を守るためだよ、ユン」
『なにネそれ! 感動したネ~! やっぱいいオトコアル~。結婚しよ~っ』
ユンの投げキッスを避けるロア。ロアは口からでまかせを言うのが上手くなっていた。
「それは別としても、なぜユンは私たちに告白してくれたんですか?」
『あ~、それはラウラ氏が「そろそろかな」って言ってきたからネ~。そ・れ・に、オマエたちがちょーどそういう話をしてたからネ』
セナはふぅんと頷いたが、ロアにはある疑念が芽吹いた。そして彼が何かを考えこもうとしたとき、布団のなかでデルタがもぞもぞと動いた。ユンはそれを見て『騒ぎすぎちった』と言って、ばいばいちゃーんと艦内の電線を伝い部屋を後にした。嵐の様な奴だ。
「……ふあ~。セナおはよう~」
「よく眠れましたかデルタ」
セナはデルタのおでこを拭いてあげる。
「んっ。そうだ、うん、夢を見たの。大好きな人と一緒にね、映画を見る夢なの……」
よかったですねとほっとした顔を浮かべるセナ。彼女は心から親友を大事に想う。
「もう具合はいいのか?」
「うん、ありがとうロア……。……。……。……。──。……。えッ、ロアっ!?」
ぶっとび起きたデルタ。一瞬で顔面が真っ赤になる。そしてお気に入りのうさぎ柄毛布を顔まで引き上げて、ロアから隠れる。
「ああ、すまない。女性の部屋に、無神経だった。今外に出るよ。君が無事でよかっ──」
デルタは顔を隠したまま、ロアの服の端をつまんで引き留めた。セナは肩をすくめる。
「うぅ……。ロアが……、生ぎでで、よがっだよぅ……」
ずずっ、ずずっ。洟をすする音。
セナはおやおやとデルタの頭をそっと撫でてからココアを入れてくるとその場を去った。
ロアはどうしたものかと思ったが、デルタが泣き止むまで、となりに座って、最近読んだ面白い本の話をしてあげた。
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