第44話 疑義①
『はっほー! 毎週金曜日の退勤ブチアゲのこの時間帯にお送りする、ユンたゃによるオマエらの為のラジオ番組「だんじょんレイディオ」!! 今週のゲストはネー、ロックウェル隊第2中隊長で腹筋バッキバキなのにも関わらずおっぱ──』
ロアは館内放送のラジオを消して、すーすーと静かに寝息を立てるデルタの顔を見守っていた。泣きはらした目をこすったのか、まぶたの周りが赤い。
「この子、繊細な子なんです。それに優しい子で、私が同期と一緒に専門級に上がれなかった時もシリウスに直談判してくれました。私より悔しがってくれて、一緒に泣いてくれて、次の日には熱を出して……」
ロアが準極地から観測船マゼランに搬送されてから、ずっと付きっきりで傍にいたデルタは丸48時間以上起き続け、ついに限界がきてくたっと眠ってしまった。そして酷い熱を出して、それは今も続いている。
眠ったデルタと入れ替わるように応急処置を終えて目を覚ましたロア、事情を伝えたセナはデルタの看病の為、そして情報を整理する為に彼女らの部屋に来ていた。
夕暮れの日差しが窓から入りセナの顔にかかる。彼女がカップに入れたココアを持ってくると、ロアは感謝を伝えて受け取った。ロアは重篤な怪我の治療中で、あまり動けない。
旅団が守る都市の中心に、短期間で二度もファントムが襲撃を行った。それも明確な敵意のある、高等級のファントムだ。
その厳戒態勢の中、サリンジャーの《定義》を総てロアに割く余裕がなかったため──サリンジャーはロアを治させろと言って聞かなかったがポップコーンが彼女を落ち着かせてロアの処置を引き受けた──現在はポップコーンと共にリハビリを行っている。
あの日、切り落とされたと思ったデルタの腕は、偽典ネグエルが光で作り出した幻影だった。
「……僕はデルタが襲われたと思って、我を忘れてしまった。安易に手を出してはいけない力を使おうとした。それがもし敵の狙いだったなら。僕はなんて馬鹿な奴なんだ」
セナはデルタのおでこや首筋の汗を濡れたタオルで拭いながら、少しだけロアを見て言う。
「あなたにとって旅団が大切なものになって、良かったです。……それと、私の大切な親友の為に怒ってくれて、ありがとう」
セナは怒っていた。ロアを刺したこと、彼を馬鹿にしたこと、挑発に親友を利用したこと、幻影だったとしても親友の腕を切り落としたこと。
偽典ネグエルというファントムは旅団との敵対を布告した。ならばそれが大義名分だ。
セナの目の奥で、バチバチと何かが何かに引火した。
「だが、偽典ネグエルの言っていたことはあり得るのだろうか。この世界の他に、枝分かれした無数の世界があるなんて」
「その話を初めて聞いた時、ある仮説を思い出しました。ノルニルを使用した人間はなぜ能力を得るだけではなく、他の世界の『夢』を見るのか。それは本当にその『別の世界』が存在するからではないのかと」
「証人に訊こうにも、君のファントムは荒々しいんだろう? とても問答できる様じゃないって。それにファントムがそれを自覚しているとも限らない」
「ですね。それに《紅蓮》とは今、あまり話さない方がいい気がするんです」
暗い雰囲気になってしまい、ふたりの間を沈黙が流れる。ロアは極めて不自然に、ユンのうるさいラジオを流すことにした。スイッチをひねる。
『ちゅーことで、今回のゲストはロックウェル隊のソワカ氏だったネ~(ぱちぱち)。じゃあオマエたち~らいしゅーも聴いてくれよナ~! ばいちゃっちゃ~(ぴーすぴーす)』
あっ、ちょうど終わっちゃった……。ロアはその空気に耐えられずココアに手を付ける。
「ずずっ……」
「……」
『オマエたち、なに熟年カップルの倦怠期みたいな空気出してんネン~(草ァ!)』
びくんっとふたりは肩を跳ね上げ、目を見開いて部屋の入り口を見やると、そこにはふわふわと地面から3㎝程度浮遊した、白のビキニにビビットカラーのオーバーサイズジャケットを羽織った女の子が居た。
短いボブで水色の髪に紫のインナーカラー。そしてあのでっかいヘッドフォン……。
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