第41話 偽典①
デルタに手を引かれてフィルム屋につくと、そこは本屋のように、壁一面に映画フィルムが並んでいた。店主は新しく入った品をデルタに見せ、彼女は嬉しそうに全部買うと言った。
ロアはその間、壁に並んだ統一言語で書かれた映画のタイトルをいくつか見ていた。どれを見ても面白そうだが、自分の記憶にはつながりそうになかった。しかしたったひとつ、目が留まる。それだけ統一言語で書かれていなかった。ロアはその映画フィルムを手にとる。
「──『Nuovo Cinema Paradiso』」
ロアが呟くと、隣でデルタが素っ頓狂な声をあげた。
「読めるの!?」
「え、うん……」
店主の方を見ると感心した様子でこちらを見ていた。
「坊主、よく勉強してんだなぁ。そりゃ遺物でさ、誰も読めねえってんで売れ残ってたんだ」
デルタは慌てて詰め寄る。
「これ、古シナル祖語だよ……? えっとたしかイタリア語。英語とは少し違って……。あたしの研究分野なの。映画からひも解く古シナル祖語。大断裂以前の文明がわかるからって割と盛んな研究ジャンルで──」
「ううん、勉強したわけじゃなくて、知ってるんだ。だから感心されるようなことじゃ」
ロアはそこで言葉を止めた。統一言語が話される世界で、古シナル祖語──大断裂以前の人類が主に使用した不統一性言語群──を難なく読めることの異常性に気が付いた。
「──じ、実は最近マゼランの北部図書館によく通っているんだ。そこで勉強して、ようやく読めた。古シナル祖語は奥深い、よね」
ロアの訂正は苦しいものだったが、デルタにとっては古シナル祖語を難なく読めることの方がよほどおかしいので、その訂正の方が受け入れられた。
「そ、そっか。そだよね。……じゃあこの映画見たことある?」
デルタが聞くと、ロアは首を振る。ロアは映画というものを知ってはいたが、鑑賞したことはない。すると彼女はにやっとした。彼女はもじもじとして何か嬉しそうだ。
「あたし、名作を初めて観る人のこと見るの、大好き」
少しいたずらっぽく笑ったデルタは、店主に映画館を借りてもいいか尋ねる。店主はにかっと笑ってもちろんと店の隣に建っている古い映画館へと案内した。
***
渋谷第3小映画館はスクリーンといくつかのソファが置かれたシンプルなものだった。デルタは移動の途中、いくつかある小さいシネマの中でもここが、一番音がいいのだとロアに教えた。
『ニュー・シネマ・パラダイス』のフィルムを店主に渡したデルタは、待っていてと映画館を出て行った。
カラメルポップコーンを近くで買ってくるという。それを見送って、ロアはソファに腰かけた。
スクリーンには何も映し出されていない。ただ光が当たっている。
今日はいろんなものを見た。体力的にではないが少し疲れている。でもとても楽しい。ロアはその心地いい疲労感を感じながら、ふかふかのソファに身を沈める。
すると、空いている隣の席に誰かが座った。デルタにしては早すぎると、ロアは不思議に思ってそちらを、見る──。
そこには何かが居た。ロアは目を見開いて口を閉じ、言葉を失った。
それは一本指を立てて口元に当ててみせる。
『映画館ではお静かに。マナーですよ、ミスターロア』
そこには男が座っていた。純白のスーツに身を包んだ男が脚を組んで座っている。
天使の様な汚れなき白の翼を携えて、頭には歪な光を放つ光輪を頂いて。
そして、顔にはガウスがかけられたように霧が立ち込め、ぼやけている。顔だけが見えない。
ロアが目を見開いたのは、その異形の存在がが紛うことなきファントムだったからだった──。
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