第33話 正義②
執務室は背側が一面ガラス張りで、左右に書棚が並んでいた。
床は毛の長いカーペットでロアは少し歩きにくかった。ラウラは右手の書棚を漁ると、中からプラウディテウイスキーのボトルを取り出す。
ロアに軽く振って見せると、ロアは断った。
「僕は飲みたいんだが、ポップコーンに禁止されてるんだ」
「なんだその中年みたいな悩みは」
結局ふたりともスイレンが持ってきたラテを飲むということで落ち着いた。
「さて、逆理遺物の話をしようか」
ラウラは執務机の椅子をロアに勧め、自分は机の角に座った。
「逆理遺物。文字通り、逆理的な現象を引き起こす遺物だね。主に極地内部に分布していて、旧文明のモノがノルニルの影響で変容したものだとする説が強い。我々の採掘目標、資金源でもある」
「ああ、大方は知っているサリンジャーの大鎌がそうなんだろう?」
「セナのコンパスもそうだね。アーツみたいな力を持った道具たちのことだよ。アーツを持たない旅団員が逆理遺物を使って極地に挑むことも少なくない」
ラウラは少し振り返る。
「そうそう、例に挙げてくれた大鎌には面白い性質があるんだ。それを、決して壊すことができない。不思議だろ? 決して壊せないんだよ」
ロアは不思議に思う。
「だが本当に壊れないのであれば、僕があの大鎌で斬られなかったのがわからない。なまくらだったのか?」
ラウラはその論に対して首を振る。
「サリンジャーはあの大鎌──結薙の手入れを決して怠らない。そしてあれで斬れないものもこの世にはない」
「だが──」
「あの鎌は、私でさえ壊せなかったんだ。だから『決して』なのさ。わかるだろ」
ロアは驚いた。彼は、彼程度で抗えるのなら、当然ラウラにも御せると思っていたから。
「私でさえ壊せなかったものと対等な君って、一体なんなんだろうね」
振り向いたラウラの視線がロアの碧の目を捕らえる。
「だから《虚心》の力は決して侮らない方がいい。これは約束というか、ただの老婆心だ」
「わかった。気をつけるよ」
それを聞いたラウラは笑って、ロアのカップに自分のカップをこつんと当てた。
「そんなことより、シリウスの奴に堂々と言ってやったそうじゃないか。へえ、旅団最強のこの私を差し置いてシャンバラへ行くって?」
「つい口が滑って──。……ううん。違う。僕はちゃんと意志を持ってそう言ったんだ。セナと行くって」
ロアは少し恥ずかしくなって目を逸らすが、ラウラは彼の頬をふにっと掴んで引き戻す。
「探検家らしくなったじゃないか。探検家は、そうでなくちゃね」
そう言われ、認められたような気がしたロアは嬉しくなった。楽しい気分になったラウラはまた壁際の書棚に向かった。戸を開いて中を漁る。
「そうそう、逆理遺物で思い出したけど、私が極地で拾ったものを何かひとつあげようか。永遠に途切れないトイレットペーパーとか~、ドの音だけやたら美しいピアノとか~……」
基本ラウラが取り出したのはガラクタだったが、ロアにとってはどれも面白いものばかりだった。けれど、ラウラが最後に取り出したものが、一番ロアの興味を惹いた。
「──無限に書き込める手帳、とかね」
「それがいい!」
ロアは珍しく詳細も訊かず無邪気に言った。ラウラはわかっていたかのようにそれだけを取り出すとロアに手渡した。
革張りで手のひらサイズの手帳。ロアはなぜかそれを手に持つ前から自分が持つような気がしていた。
ラウラは胸ポケットに差してあった万年筆をロアにプレゼントした。
「永劫の手帳。情報を無限に書き込むことができて、呼べば引き出すことができる。ちぐはぐな記憶の整理にでも使うと良い。そういえば記録官だしね」
ラウラは微笑んだ。
「とても面白い……。ありがとう、ラウラ。大切にするよ」
そのやり取りを扉からちらりと覗き、ぽろぽろと涙を流すスイレン。
「私ですらプレゼントされたことないのに……」
しくしくと大型犬──スイレンは成人女性である──が泣いているのでロアは一転、ラウラを非難の目で見つめる。
「げっ……。わかったわかった、なんか今度お土産買ってくるよ……」
「やったあ!」かわいい。
ロアは犬──スイレンは人間である──には甘かった。
が、スイレンはすぐに表情を元に戻した。
「あ、しまった、そうじゃないです。ラウラ様、緊急でシグナルより通達です」
背筋を伸ばして抑揚と感情を無くし、切り替え、秘書として役割に徹するスイレン。
「アメリア共同体管轄、黎明旅団第5支部から連絡です。《叡智》のソフィア様より、至急救援を送られたし、と──」
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