第32話 正義①
支部長執務室秘書であるスイレンの朝は早い。
午前3時10分、起床。ひつじ柄のパジャマを脱いでシャワーに向かう。身体に冷水を浴びて目を覚ますと、キッチンに向かいコーヒーを淹れる。
この時、同時にユンが開発を担当したニュース自動読み上げプログラムを使って業務提携している《シグナル》が集めてきた最新情報をインプットする。さらに同時にラウラにすべき連絡をまとめる。
午前4時00分、スーツに着替えて出勤。ラウラの執務室は基本的に綺麗だ。掃除の必要はないが、スイレンは定規のように几帳面で、埃が少しでもあると気になってしまうので掃除を行う。
旅団やセレティア協定の機密情報を多く取り扱う部屋であるために、この部屋の掃除はスイレンが担当している。
午前5時00分、ラウラが24時間稼働しているアマハラの諸部門との会議を終えて──ラウラがいつ寝ているのかは誰も知らない──マゼランに帰艦するのを迎える。
ラウラとしてはこういった堅苦しいことが嫌いで、スイレンにもあまり無理はしてほしくないのだが、スイレンは止まると死ぬ性格なので放任している。
午前5時30分、ラウラの食事を後ろから見つめる。ラウラとしてはほんとに気が散るのでやめてほしいのだが、一度やめてほしいと伝えたらひえひえと泣かれてしまったので、諦めてそのままにしている。
午前7時00分、ラウラの散歩に同行する。3歩下がってラウラを見守る。ラウラとしてはかなり鬱陶しいのでやめてほしいのだが、それを伝えるとまた泣くので諦めてそのままにしている。
秘書スイレンはストリート出身の元ギャングだ。ギャングといってもストリートチルドレンが寄せ集まったようなもので、互助組織に近いものだったが、当時のアマハラは情勢的に不安定で、ギャングを名乗るのは身を守る為でもあった。
その昔。ラウラがアマハラを散歩をしていた時、スイレンはラウラの懐中時計をスった。当然ラウラはそのことに気が付いていたが、スリの腕が良かったので旅団に勧誘しようと彼女の元へ行った。
しかし、スイレンは盗った懐中時計を質屋にもっていく途中で強盗に遭い、瀕死の状態になる。その一連を見ていたラウラにとって、その強盗も懐中時計も実にどうでもいいことだった。ラウラは自分が気に入ったスイレンのもとに向かう。
雨の中、足と腹を銃撃され、路地で苦しむスイレン。彼女を慕う他のギャングたちは心配で不安で泣いていた。強がっていたが、不安が伝播し、スイレンも涙を流した。
ラウラはスイレンの血でお気に入りのジャケットが汚れることも厭わずそれを着せ、アーツを使用して治癒を開始した。
現在、スイレンの仲間の子どもギャングたちはみな黎明旅団が預かることになり、今はそのほとんどがエース級の活躍をする独立小隊として活躍している。
スイレンははじめ心を開かなかった。それでもラウラと過ごすうちに、彼女のことが大好きになっていった。
今ではラウラに信頼を置かれる数少ない人物のひとりである。
……という話をロアは執務室の待合室で延々と聞かされた。
「今ので第一章が完結となります。もう少し時間がありますので是非とも第二章、愛と友情の交錯編を語らせていただき──」
「あの、僕はラウラに用があってきたんだが……」
ロアがそう言うと大きくため息をつき、酷くがっかりしたという顔をするスイレン。
「はあ……。わかりませんか。ラウラ様はとても忙しくて高貴な御方。あなたの様な旅団に入りたてのぺーぺーに会わせるわけがないでしょう。ぺっぺっ。お帰りなすってください」
珍しく旅団でまともな人に会えたというのはぬか喜びだったとロアは落ち込む。
「いやでもラウラの方から来てくれって……」
「はぁ~あ? ラウラ様があなたの様な下賤の民にお会いになるわけありませんが~?」
ぺーぺーから下賤の民に格下げされたことに落ち込むロア。するとそこで徐に扉が開き、ラウラがひょっこり顔を出した。
「なんかぎゃーぎゃー騒がしいな……。あれロア何してんの?」
「ラウラ様!?」
「ラウラに呼ばれたと伝えたのだが、中々通してもらえなくて……」
頭に手をやり、深い溜息をつくラウラ。珍しくラウラが困惑している。
「スイレン、慕ってくれているのはありがたいが邪魔をするのはダメだよ」
叱られてしゅんとするスイレンはまるで大型犬がしつけされている時のようだ。犬か猫で言えば犬派のロアはそれを見てかわいいなと感じた。
「いやその、意地悪で言っているんじゃないんだスイレン。えっと、いつもありがとうね」
きゅぴんと笑顔に戻るスイレン。ロアにはしっぽをふりふりしているように見えた。
「じゃあそのまま『待て』できるかい」
「あい!」
スーツ着て真面目そうな秘書さんなのにかわいいなとロアは微笑んだ。
ラウラはまたため息をついてふっと微笑んで扉を開き、ロアを自室へと案内する。
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