第31話 仲間④
デルタは今回の祝賀会の実行委員として、休む暇なくいったり来たりしていた。
ポンドがサリンジャーのことを好きなのは割と周知の事実だったので、彼女はポンドに、潰れかけでまだアタシは戦えるんだぁ! と喚くサリンジャーの介抱を任せた。
会場には酔いつぶれた隊員たちが死屍累々状態になっていた。探検家は基本的に酒を飲まない。酔いが残れば極地での判断が鈍るからだ。だから逆に飲める時にはとことん飲んでしまう。
「(でも、みんな楽しんでくれたみたいでよかった)」
ぐちゃぐちゃの会場を見渡し苦笑いをしながらも、デルタは掃除をしたり片付けたりしていた。
ユンは電脳世界にいるし、ポップコーンはもうおねむの時間だ。
ポンドはまた吐かれているし、セナはシリウスに言いつけられた反省文を書くのを忘れていたと、隅っこで原稿用紙に向かっていた。それを見て、また微笑む。
デルタは手を動かしながら、今週の公開の映画はどんなだっけ、だとか服は何を着ていこうかなと、なんてことないことをぼうっと考えていた。
デルタは旅団でも珍しく、年相応の女の子らしい思考回路をしていた。
だから、少しだけ前を見るのを忘れていた。
どんっ──。
デルタが片付けしていた飲みかけのスカーレットワインが思いっきり目の前に人にかかってしまった。デルタはデルタで転んでいる。
その人は一瞬戸惑った後、デルタに手を伸ばした。
「大丈夫?」
その人──ロアは心配そうに尻もちをついたデルタを見た。
デルタは一緒に運んでいた冷や水の方を浴びてしまったのだが、そんなこと気にならなかった。
ぼーっと手を差し伸べるロアを見つめ、すっかり黙り込んでしまったのだ。
「あの……」
「へっ、あっ、だいじょ、うぶ! です……!」
デルタははっとして立ち上がり、濡れた髪をぱぱっと整える。そしてロアの真っ白い服に赤々と染みたスカーレットワインを見て血の気が引く。
「……あ、あのその、ごっ、ごめんなさい」
「いいよ。君が大丈夫ならそれでいい」
少しうつむいたデルタの耳がほんのり朱を帯びる。
「デルタ、だよね。今日の素敵な会をありがとう。こういうの初めてでとてもうれしいんだ」
きゅっとデルタの中で何かが音を立てた。
デルタはその人が、セナがいつも言っていた「流れ星」の彼だということにとうに気が付いていたのだが、その時その瞬間、彼女自身にもわからない気持ちが、デルタを覆いつくし、彼女の視界は鮮やかに彩られた。
ロアはデルタにハンカチを渡すと、自分のワイン汚れは特に気にせずその場を後にした。
実際ロアは何一つ気にしていない。なぜならこの後サリンジャーの後始末をするため、ポンドの応援に行くのだから。
もっと汚いもので汚れるので、この程度は問題ではなかった。
そのあともデルタはぼんやりとしてロアを目で追った。自分がどんなにだらしない顔をしているのかということにも気づかずに。
「ひゅーひゅー、お熱いねぇ」
デルタはその声にびくっとする。同期のファティマだ。
「な、なんのことよ。さ、さっぱりだよ」
「デルタちゃンは意外に面食いなンでしゅね」
ファティマは自他ともに認める下衆である。
「顔だけじゃないもん! 彼は優しくって」
「はい、墓穴ぅ~」
デルタをつつくファティマはシラフで下衆である。
セナとデルタの同期であるファティマはセナに次いで優秀な研究者だ。
極地の《エンド》に関する研究ではいくつか論文を書き、学会でも論がもてはやされている。だが下衆である。
普段真面目で、腰まである紺色の長髪に、眼鏡をしているので一見大人しそうに見える。
実際普段は大人しい。
だが、デルタやセナのことを、いくらからかっても壊れないおもちゃだと思っている節がある。
彼女の下衆さを近しい人間以外は知らない。そう、下衆なのだ。
それでも、この日のデルタはそんな下衆をあまり相手にはしなかった。
その気付いてしまった想いが、いったいどういうものなのか、考えるので精いっぱいだったのだ。
デルタは部屋に戻ると真っ直ぐにお風呂に向かった。湯船につかり、ぽしょっと呟く。
「空みたいな碧。綺麗な目だったなぁ……」
湯船に口まで沈めて、ぶくぶくぶくと泡沫を立てる。
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