第27話 終幕③
「シリウス、そこまでにしてくれないか。僕のパートナーを侮辱するのは」
ロアははっきりとそう告げる。
「報告書にある灰塵とやらの言うことは正しかったんじゃないか。まるで鳥の刷り込みだ」
冷たく言うシリウス。
「それでもいいんだ、そう決めたんだ」
「まるで子どもの癇癪だな」
シリウスとロアは視線をぶつける。
それからロアは目を瞑った。改めて心の内を覗いて、その決意が、本当に決意なのだと確かめるために。それが間違いのないものだとわかるとロアは目を開いた。
「──僕とセナは誰よりも早くシャンバラへ行く。正しい手段で、探検家として」
「その資格はもうないと言っただろ。お前たちは掟を破った、己が命を優先するという掟を」
「ああ、だから今回の掟破りは見逃してくれないか」
「なに?」
「あなたは妙に冷静だった。それが気になった。きっとあなたに後ろめたさがあるからだ」
シリウスの表情が動いた。セナはそれを黙って見つめていた。
「黎明旅団の情報通信の心臓であるLegionがミスをした。その結果若い旅団員ふたりが命の危険に晒された。隊長クラスの旅団員の左腕も失った──。シリウス、それはあなたの監督不行き届きに類するんじゃないか?」
ロアの言う通り、査問会議が行われればそう解釈する上層部もいる事だろう。サリンジャーは救助に来たが、監督者たるシリウスがその場には居なかったという事実が、その説をより強固にしている。
シリウスは黙った。そして彼が壁の端末にパスコードを打ち込むと、檻が解錠される。
「俺を脅すとはな」
「卑怯な手をとってすまない。でも僕らはこんな所で止まるわけにはいかないんだ」
シリウスとロアはすれ違う。不吉な目をした男は言う。
「あのバカに感謝しておけ。俺はサリンジャーと違ってお前らを救う気がひとつもなかったからな」
「厳格であることがあなたの仕事なんだろう」
ロアが言うとシリウスは遠くを見て静かに言う。
「……シャンバラなんてこの世にはない。俺はそう考えている。お前たちはそれを、人生を無駄にして証明することになるだろう。処罰はその時まで待ってやる。次はない」
それは悪魔の証明だ。シリウスはロアの決意をしっかりと受け取っていた。
シリウスはセナに救急セットを渡しながら、不服そうに言う。
「だが俺はお前たちを認めるわけじゃない。全ては秩序に則って行われるべきだと考えているからだ。少しでも傲慢さを振りかざせば、俺はお前たちを処分する」
厳しいことは言うが、シリウスは誰よりも旅団員の命の事を大事に思っているのだ。
「──明日、正式な編入試験を行う。自身の正しさを俺に証明しろ」
「はい!」
「ああ」
挨拶ぐらい統一しろよ、とシリウスは言いながら廊下をカツ、カツと歩いて行った。
「ありがとうございます、シリウス」
「……サンをつけろ」
セナとロアは、ようやく本当の意味でほっとすることができた。ふたりはどちらからともなく目を合わせ、そして頷いた。
ようやくふたりは、極地から帰ってきたのだ。
***
「ラウラ・アイゼンバーグ。入りなさい」
年老いた女性の声がする。
真っ白な部屋、ホワイトルーム。完全防音で、防爆仕様にもなったその部屋は、支部長が国際機構の委員会と通信をするための部屋である。
定期的に生じる重力津波によって安定した通信回線が構築できないオラシオンでは超長距離の通信設備は珍しい。
「お呼びですか、お偉いさん」
ラウラはあえて挑発的な口調で言った。
「あなたが現在第9支部に隠し持っている『何か』について情報の共有をしなさい」
どこからか音声が響く。複数の反応を見るに、セレティア協定評議会の面々が揃っている。ノルニルの流通とアーツの使用、そしてファントムの管理を取り決めたセレティア協定。
その判決を取り仕切る主要なメンバーだ。立場的には支部長よりも遠く上にいる。
「何か? なんだろうな。ああ、シュニッツェルの隠し味の事かな。あの調味料は──」
「この場での偽証は極刑に値するとわかっての発言ですか、アイゼンバーグ」
「あんたたちに話せば関係者を全員拘束とか言いかねないからさ」
そう呟いて、ラウラはまた笑った。
「いいですか。我々は国際的な安全秩序を守る為にこの協定を運営しています。情報共有をしなさい、アイゼンバーグ」
女性の声は真剣だった。かつもっともな意見だった。
微笑むラウラはぱちんと瞬きをして、通信デバイスの硝子面を一斉に破壊して、ホワイトルームの壁に亀裂を入れる。
「何の音だ……!」
「答えなさい! アイゼンバーグ」
「聞いているのか!」
後方からため息。
「これ修理するのにいくらかかると思ってんだ」
後ろで腕を組んだシリウスがラウラに向かって言う。
「ごめんごめん、ちょっとムカついちゃってさ」
彼女は割れた通信窓を振り返る。
「私が協定の国際会議でいない間に、子ども達が襲撃されたこと。それに堪らなく腹が立っているんだ。間が良すぎる。仮にセレティア協定に裏切り者が居たら、そいつをヴルストにでもしようかな。まあ、仮の話だけれどね」
「アイゼンバーグッ! 今の発言は協定侮辱罪、協定反故罪、協定脅迫罪に当たります。最悪、死刑になるということをわかっ──」
ラウラはさっと通信を切り、背を向けて歩きながら静かに中指を立てて呟いた。
「──殺せるもんなら是非殺してくれよ、お嬢さん」
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