第25話 終幕①
洞窟には、ふたりの荒い息遣いだけが響く。
「やり、ましたか……?」
その言葉を発するが早いか、地面に散らばった砂が、空気中の分子が、ひとつの地点に向けて凝集する。
灰塵ローレライは己という粒子の集合をも操作する。たとえ最後の一粒になっても、一粒あれば死なない──。
顔の半分が集まりきっていないローレライは話し始める。
『ロア。暴力が嫌いだったのなら先に言ってよ。わからないよ、歩んだ人生が違えば、常識だって違うんだから──。この世界の私を餌に使ったのは謝るから、この手を取って……、お願い──』
それは、悪意も害意もない、ただのローレライとしての、最後のお願いだった。でも、その手を取ることは彼にはできない。
「僕はシャンバラに行く。セナと一緒に。だから、あなたとは行けない」
ローレライは慟哭する。
『GRAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!』
涙を流すそのバケモノは、周囲のノルニルや岩石を何もかも身体に集め始める。もはやそれはローレライなどではなく、強い意志と世界への憎しみだけを持った呪いの塊。
ロアとセナにもう立ち上がる力はない。骨は折れ、出血も多い。意識も朦朧としてきた。
こんな所では終われない、終わりたくない。でも、もう手札はない。
極地という死と隣り合わせの場所で、大いなる敵対者を前にして、ふたりには祈るしかできなかった……。
ZASHIIIT──。
そのとき、鎌倉大瀑布の流水が、真っ二つに切り落とされる。その大鎌は、全てを切り裂くという特性を持つ。滝という概念を斬れば、水が落ちるという理さえも斬る。
それはそういう逆理遺物だ。
水が止まったその眩しい滝の向こうから、緩いウェーブのかかった青い髪の女性が現れた。
「──サリン、ジャー」
「お待たせ。遅くなっちまったな」
大鎌をくるくると回し、対象を見るサリンジャー。
「この香水──。そうか、お前、堕ちちゃったんだな」
『VRAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!』
もう誰の言葉も、親友の言葉ですらその怪物には届かない。けれど、せめて安らかに眠れるように。
サリンジャーは大鎌を捨て、万年筆を取り出すと腕に命令式を書き記す。バケモノもそれを黙って見ているわけではない。全身全霊で殺意衝動を向ける。
「同窓会、やっときゃよかったな……──」
だが、書き終わる方が早かった。
「──定義構築。代償は左腕。安らかに逝け──彼岸渡航」
PIIIIIIIIIIIIIIIIN──。
彼岸渡航──それはサリンジャーの奥義のひとつ。対象に安らかな死を与える、最高速の終止符。対象がこの世界を生きているという情報を書き換える定義。極めて代償が重く、彼女がこれを使うのは人生で二度目だった。
そしてローレライはもう──ずっと眠ってしまった。
GRA……。
その音を皮切りに、ローレライだったものの身体が壊れていく。砂は砂に還る。そして残っていたローレライ自身の身体は、灰になって消えた。だが、サリンジャーはその最期の顔が安らかだったのを見て、いくらか安堵した。
彼女は静かに振り返る。
「さあ、帰ろうか」
左腕を失ったサリンジャーは、それでも心配させないように、穏やかに笑って、ふたりの方へ向かった。女の子を救助し、サリンジャー隊の隊員が流れ込んでくる。ふたりと女の子は担架に乗せられその場を後にした。
ロアが最後に見たのは、処置を受けながら、灰を静かに見つめるサリンジャーの姿だった。
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