第22話 紅蓮②
──数分前。
セナは地面と化した極地の天井に吹き飛ばされていた。上方向に落下し続け、下方向の重力を超える上方向の重力に潰されそうになりながら意識だけは保ち続けた。
「……ロ、ア」
セナにとっての天井、地上ではロアが岩石の巨人からの攻撃を一方的に受けていた。重力だけでなく滝の轟音の波がセナの頭を割るかのように振動しているので、そちらには集中できない。彼女は自我を保つのがせいぜいだったのだ。
──考えるんだ、セナ・オーブリー。あなたは探検家でしょ。
この時のセナは天井に対し落下を続けていた。まるで重機で潰されるように。彼女は体中の骨を所々折りながら、呼吸ができるよう肺を守り、思考を続けた。そしてその先に見えたのは天井から生えたピンク色に光るノルニル結晶。結晶は自己内在意識にリンクする。
セナは逡巡した。ノルニルの多重使用に関するリスクを考えていた。
だが、それが唯一の打開策になるならと、セナは結晶に手を突き刺した。
RING──……。
鈴か何かが鳴る音がして、セナは意識を取り戻す。
セナは何が起こったのか理解していた。ノルニルを体内に取り込んだ時に起こる共鳴と精神干渉、その結果として結晶が見せる夢だ。
ここはセナの精神世界なのだ。
その世界ではただ延々と焼け野原が広がり、黒々とした焦土が視界を占めていた。
『あら、珍しいお客さんね。セナ』
その重たく冷たい声が聞こえ、セナは振り返る。そこに居たのはセナと同じ顔の少女。セナのファントム、もうひとりのセナだった。
もうひとりのセナはセーター姿で、セナとは違い髪は降ろしている。髪の端が燃え続けているが広がりはしない。彼女は燃えて炭になった椅子に座っていた。
探検家はファントムから力を借りる。セナももちろん、自分のファントムから能力を借り受けている。だが、彼女が能力を上手く扱えないでいたのは、その火炎を司るもうひとりのセナと正面から向き合えないでいたからだ。
「──久しぶりですね」警戒心がこもる。
もうひとりのセナ、別名《紅蓮》。彼女の能力は熱操作。その炎は全てを焼き尽くす。
『あなたに炎を貸しているのは私でしょう? 奪われた者同士、仲良くしましょうよ』
「あなたは奪われたわけじゃない。一緒にしないで」
紅蓮セナ。彼女の世界はこんなにも壊れている。誰のせいかは明白だ。
『あら酷い。そんなに私が嫌い?』
「嫌い」
焦土にぽつんとある椅子に座る紅蓮セナ、背を向けるセナ。
『私がこの力を最大限貸してあげるって言っているのに。そうすれば、世界を余すことなく焼いても有り余る炎を使えるのよ?』
「ならその代償に何を求めるの」これは自分との契約だ。
『そうね。私はとっても不幸だから、あなたにも不幸になって欲しいわ。そうだ、同期のデルタって子の死体を持ってきてよ。あの子ほんとかわいらしくて優しくって、嗚呼、ぶっ壊したくなるわよね』
「狂ってる……」
『けれど、私はあなたよ。逃げられない。だから、すべてへの復讐を、執行しましょう?』
セナは初めて紅蓮セナと相対した時から、どうしてもこのセナが自分と近しい感情を持っているとは認めたくなかった。
「でも」
今は違う。セナが持つ炎は、復讐の炎などではないと、きっとそう言ってくれる人が居る。
紅蓮セナは炎の揺らめきから、セナの内に流れる心の向きが変わったことに気づく。
セナは考えていた。ロアが自分の炎を引き出してくれるのなら、自分はもう自分と向き合わなくてもいいと。事実、ロアを探検に誘ったのもそれが理由のひとつだった。
「そうだ」
それでいいと思っていた。でも違う。それはただの引き延ばしでしかなく、清算はいつかすることになる。全てロアに頼るのか。それで胸を張って探検家だなんて名乗れるのか。セナは自問した。
──その答えはノーだ。
「私はもう、ひとりじゃない」
紅蓮セナの表情が変わる。精神的高みからうすら笑いを浮かべていたファントムは、今までにないほど冷酷な表情をしてセナを見た。セナは紅蓮をまっすぐ見つめていた。
『……ようやく目が合ったわね。出来損ないのセナ』
「出来損ないでいい。その力、私に貸して」
『いいけれど、私の望む代償は払えるの?』
セナは紅蓮セナの瞳から逃げずに言った。
「あなたが私なら、私があなたに何を支払えるか、何を支払うかわかるでしょ」
少し考えた紅蓮は驚き呟いた。『──まさか』
そしてその答えを面白いと思った紅蓮セナは頬を緩めた。
『いいわ。契約成立よ。しばらく待ってあげるけれど、その「代償」を必ず支払って』
「はい。約束は守ります」紅蓮セナは手を伸ばす。
『──せいぜい火傷しないことね』
その握手から紅蓮の炎が受け渡される。最大級の火力を秘めた一撃を。
RING──……。
目が覚める。ここは極地。さっきと状況は同様。しかしセナの頭はシンと澄み渡っていた。
それが紅蓮セナの力を借りた結果かはわからない。わかるのは稲妻の様な何かが身体を満たし、大量の熱が身体を強固にしていること。もう彼女は重力に負けない。
立ち上がり、跳んで、地上へ落ちてゆく。そこにはロアがいる。手を伸ばす。
「(出会ったのは偶然だった。私が巻き込んだ。それでも、彼は手を取ってくれた)」
──そう、私はもうひとりじゃない。
ちょうどあったロアの手を借りて、身体中を巡る業火を腕の先に凝集し放つ──……。
「イグニッションッ!!!!!!!!!!」
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
──下にある☆☆☆☆☆からご評価頂けますと嬉しいです(*^-^*)
ご意見・ご感想も大歓迎です! → 原動力になります!
毎日投稿もしていますので、ブックマークでの応援がとても励みになります!