第20話 潜行②
極地深部、第7層以降を指す。第何層まであるかは極地毎に違う。記録ではデスバレーの第178層が最も深いとされている。そして極地の底は特別に《エンド》と呼ぶ。
深部には薄ピンクのノルニルの鉱床が壁面や天井に多く分布する。
ノルニルはアーツ発動以外に、「感情」をエネルギーに変換するという特性を持つため、それが多く在る極地はその影響を受け、地形変化がごく短期間のうちに起こる。探検家はアビス以外に、鳴動する大地にも注意を払わなければならないのだ。
「せっかく旅団がマッピングしても中身が変わるなんて、迷惑な話だ」
「でも、何度でも楽しめますよ」セナは強がりににっと笑う。
目覚めてから、探検家という仕事を見てきたロアは、セナという少女がどれだけ探検家気質なのかということを見てきた。
それでもこの窮地で、恐ろしく、そして疲弊に耐えながら進む道を楽しいと形容した彼女のその一言が、すべてを表しているように感じた──。
深部を進み、崖下に降りる。懐中電灯は当然のようにつかなくなっている。セナはロアに、極地での理不尽は当たり前に起こると伝え、ロアはわかったと答えた。
ノルニルの微光を頼りに進むが、心もとない。
「……──」
セナは一瞬考えてしまった。もし市民が32等級もの何かに連れ去られたのなら、もう市民は生きていないのではないかと。その不安がノルニルに呼応しかけた瞬間、セナは自分の頬を強く打った。
「助けるんだ。絶対に」
彼女が探検家の道を歩んだのは、偉大な母の背を追ったという理由からだ。そしてその場所が黎明旅団でなくてはならなかったのは、黎明旅団が掲げる掟にあった。
「ひとつ、人を助けよ。ふたつ、己が生きよ。みっつ、探求を続けよ」
探検家は持ち帰った宝を喜んでくれるその人を忘れてはいけないとセナは思っている。
だからこそ両親や探検家を憎んだこともあった。セナの母は掟を守れなかったからだ。
けれど、掟を守りながらも歩み続けられる探検家になれば、きっとセナはもっと遠くの景色を、母でさえ見たことのない景色を見ることができるかもしれないと、そう思ったのだ。
隣を歩くロアは、掟をつぶやくセナを見て言う。
「民間人を助け、脅威を排除し、生きてこの魔境を出れば僕らの勝ちというわけだな」
「そのとおりです」
「サリンジャーの訓練に比べれば、こんなのどうということもない」
「ええ。軽口屋さん、いきましょう」
セナとロアは少しずつ広がりゆく洞窟を歩んだ。その時だった──。
GAN……! ロアの身体が壁から湧出した石柱に弾き飛ばされる。
その隙を突くようにノルニルが振動を始める。
──鳴動だ。
極地に小規模の重力津波が起こり、セナは天井にたたきつけられる。そして彼女らが歩いていた空間で、泥のようにせりあがる石壁、変形する空間。
「──」
ロアはめまいのする中、水音を聞いた。目を開けると、洞窟の奥に滝が見える。
それは鎌倉大瀑布大滝のちょうど真裏だった。
陽の光が差し込んでいる。こんな上層まで弾き飛ばされたのかと、ロアは極地という場所の計り知れなさを思い知る。
そのとき。
「──たすけて」
声がして、セナとロアは同時に滝の方を向く。陽光が影を作る。そこに何かが居る。
どしん、どしん、シン──……。
「GRAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
それは言うなれば岩石の巨人。全身が岩でできたバケモノだ。それが、地面を破壊しながら歩いてくる。一歩一歩が地面を揺らし、重力津波を引き起こす。
極地生物など比べ物にならないプレッシャー。
異常重力で天井に吹き飛ばされ、潰されそうなセナ。柱に突き飛ばされ、骨を数本折ったロア。ひしひしと感じるその32等級という壁に、ふたりは総毛だった。
だが──。
岩石の巨人が、女の子の首を片手でわしづかみにして握りつぶそうとしていた。女の子は涙をぼたぼたと流しながら、ぎりぎりの精神状態で助けを求めた。
他の誰でもない、ロアとセナに。
「VRAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」
セナは地面に居るロアを、ロアは天井に居るセナを見た。目を合わせ頷き合う。言葉にせずとも通じ合う。
その女の子を、絶対に助けると──。
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