第19話 潜行①
コーン、コーン。ふたりの足音が広い洞窟に響く。
極地の入口は案外壮大なものではなかった。ひんやりと冷たい空気が漂うが、それは特別不気味というわけでもなく、むしろ夏の暑さを消す感覚があった。
しかしロアはポンドから極地についてその危険性を聞いていた。
「極地浅部、第1層から第6層までを指す。ノルニル由来の動植物や鉱物があり──旧文明の遺物は見られない代わりに、新規発見が多い場所。そして、最も死者が多い区間」
ロアはセナが暗唱した『極地概論』の冒頭を聞いて、ポンドから聞いていたことと同じだと理解する。
「比較的安全が故に、安心してはいけないんだな」
「その通りです」
浅層とはいえ極地は極地だ。人間が勝手に区分すること自体、大きな間違いなのかもしれない。ロアとセナは気を張り、第2層まで──層は距離や高低差で区分される──を踏破する。
「セナ、気温が今急激に12度下がった」
ロアはセナに借りたロナメーター──極地用の計器、逆理遺物──を見ながら言った。
「よくあること……だそうですが、実際に経験すると、形容しがたい恐ろしさがありますね。それとこの先は第7層、極地生物の領域になります」
「極地生物──」
「あれですよ」懐中電灯の光がなにか素早く動くものをとらえた。
「鎌倉大瀑布は特にバク系の極地生物が多く分布します。特徴はその攻撃的な性格……」
極地生物の命名は、特徴+生物で行われるとロアは聞いたことがあった。特徴がバク、つまり「爆」なのであれば、なんらかの爆発を伴うのかと彼は考える。
するとセナが近くのの鍾乳石をハンマーで折ると、明かりを消して、暗闇に投げる。
コンッ──BABABABABABABABABABABABABAN!
着地と共に、爆竹の様な音が洞窟に響き渡った。ロアはびくっと頭を抱える。
「……バクチクトカゲ、バクハヘビ、バクダンガエル。彼らは刺激へのリアクションが非常に強く、敵対者には特攻すら仕掛けてきます。爆破に巻き込まれたら裂傷では済まないでしょうね」
「え、じゃあ今なんで刺激したの?」
「先に始末しておかないと進めませんから。それにこの程度で手こずっていては、極地深部の踏破なんて夢のまた夢です……!」
ロアは確かにそうだと思った。この先にはこれ以上の危険が待つ。これはそういう旅だ。
「とはいえ、やる前にひと声かけてくれ」
「す、すみません。よしっ、サリンジャーの訓練を思い出しましょう。やれますか?」
「やれるさ。君こそやれるか?」
ふたりはやる気十分と目を合わせ頷き、戦闘態勢に入る。
暗闇の奥から、カエルともヘビともトカゲとも言えない、それらのキメラの様な生き物がぼたり、ぼたりとニトロを垂らしながら歩いてくる。
さっきの爆発でいくつかの生物が融合したのだ……!
***
バク系キメラはぼたぼたと自身の身体から分泌されるニトロをこぼしながら近づいてくる。少しずつ二足歩行になったそのバケモノは呻いている。
近接格闘を主として習ってきたふたりには、殴る蹴るで爆発する敵など、相性が最悪であった。バク系キメラがその形態をとったのは、相手が人間の場合、それが最も適当であると遺伝子に組み込まれているからだ。
いったい何人の探検家がこのバク系生物に命を奪われたか──。
だがセナとロアには考えがあった。訓練でサリンジャーから教わった──連携。
ロアはざっとしゃがむと、地面に両手を密着させた。そして意志を持つこと。
「(人を救い、自分たちも無事で、この極地から帰る。その為に……)」
SHAAAAAN。ロアの感情が伝播し、地面から何かが消失してゆく。
極地そのものの乖離等級が──下がってゆく。
バク系キメラには感情などない。だが、その様子は動揺しているという風に見える。
それもそうだ。極地生物は「被扶養」という特性を持つ。食事でも光合成でもなく、極地生物はノルニルから栄養を受け取るのだ。その源が無くなれば、爆発などできようもない。
「セナ、暴走一歩手前で頼む。沈静化する時に、火傷するから」
「ええ、気を付けます」
SHUTAT──。ロアの後ろから走り出したセナは足裏、そしてふくらはぎに火炎を展開。推進、そして推進──!
勢いを殺すことなく左足で踏み込んで、右脚を大鎌を振るう様に敵の頭部──と思しき部分にぶち当てる。
キメラのGYAAAAという悲鳴が響くが、セナは容赦などしない。浮いた左脚のすねに火炎を展開、JET!!!!
相手の腰部をからめとるように粉砕し。彼女はたったふた蹴りで凶悪なアビスを沈めた。
ZAT……着地した彼女は肩で荒い息をする。ロアは走ってゆくが、彼女はロアに向けVサインをして見せた。それを見てロアは経戦の意を汲む。
そう、極地生物は一匹などではない。ここはもう極地という巨大なエコシステムの中だ。
ふたりは改めて気を引き締め、互いの弱点を補完しながら、そして極地を潜っていった。
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