第18話 日常②
『あ、そういえば健康スコア聞く? あ、聞くよねー。今週のセナのスコアは、う~ん、そこそこネ! でも乖離等級は上がってるゼェっ!』
元気だなぁ、とロアの感想。まだ居るユン。
「そこそこですか、まあいいです。等級は今いくつですか?」
『えーっと、先週が03等級で~、今週が08等級! ってえぇえぇ! 伸び幅えっぐいアルネ!』
「ユンの反応見るの好きなんです。なんだか愉快ですよね」
「僕は慣れるのにもう少しかかりそう。等級って、乖離等級?」
セナは頷いた。
「一般探検家ライセンス、つまりひとりで極地に潜行を許可されるのは、18等級からなので、これでもまだまだ低い方です。でも……嬉しい」
「なるほど、そうなのか」
ロアはその仕組みをなんとなくだが理解した。
『よかったネセナたゃ~』
「ロアの力のおかげです。私はもっと励まないと」
ふんすと鼻を鳴らすセナ。
『ホーント、真面目ネ~』
──自分が乖離等級を上昇させている。それを操る方法は……。
チョーカーの向こうのユンと楽しそうに話すセナ。
『あ、それとそれと、今週の内勤は勤務記録管理と、外勤は配達業務だネ~』
「わかりました。ロア、時間になったら行きましょうか。午後はようやく、サリンジャーによる編入試験ですよ!」
「ああ、筆記も実技もばっちりだ」
ロアは息絶え絶えだが、準備充分と答えてセナに並ぶ。
『ンじゃ~こんしゅーも張り切っ──緊急救難通信、一件。座標:第07号極地」
ユンの声が電子音声に切り替わる。セナとロアは同時に足を止め、動きが固まった。
「緊急通信? なぜ私たちに……」
緊急通信はLegionが測定した急激な乖離等級の上昇に対して対処をするため自動で送られるメッセージである。
しかしそれは現在稼働可能な、最も適当な探検家に送信される。彼女たちはまだ見習い。通信が来るはずはなかった。
「繰り返す。緊急救難通信。座標:第07号極地。存在:等級32の不明生物が1、等級0の市民が1」
「等級32……」セナが呟く。
「それは高いのか?」
「……小隊規模で動く探検家の平均等級は19です。等級はひとつ上げるのも難しく、上に行けば行くほど上げるのが難しくなります。私の03から08だって本当は異例中の異例なんですよ」
「32等級、相応の何かが居るということか」ロアが言うとセナは頷く。
「それが旅団員ならば緊急通信なんて発生しませんし、07号自体は18等級の極地です」
ロアの89等級は何者かの干渉によるバグの様なものだった。現在のセナが08等級、ロアの基礎等級が0であることを考えると、32等級というのは冗談で済まないのだとロアは理解する。
だからこそ──。
「セナ、落ち着くんだ。その一般市民がすぐに死ぬとも限らない。他の救援を待──」
ロアが掴んだ手を、反対の手で剥がすセナ。セナは首を振る。すべてわかった上で。
「力ある者が、どうしてその責任を果たせないで居られますか」
その言葉を最後に、セナは合わせていた目を外して走り出した。ロアはまたセナの手首をぐっとつかむ。今度はそれを荒く振りほどこうとするセナ。でもロアは離さない。
「行くならふたりでだ。ひとりじゃ行かせない」
セナはロアに目を合わせ、すっと頷く。
「最短ルートで行こう。でも、道中で知ってる探検家全員に救援メッセージを送るんだ。僕らの命を最優先にする。安全が担保できないなら、すぐに撤退する。いいか?」
「……わかりました。行きましょうッ!」
──こうして、編入試験を目前に控えた、掟破りの極地潜行が始まった。
***
アマハラ自由領、第07号極地鎌倉大瀑布。高さ320mの崖から大量の水が流れる大瀑布。誰も寄せ付けぬ濃霧が漂う。見た目には美しいが、年間220以上の人の死者を出す。
シーカーコートを着たセナとロアは正面の大瀑布ではなく裏手の鍾乳洞からの極地潜行を考案した。ふたりはコートに付属している簡易ガスマスクを装着する。
「このルートは祈暦1045年に開拓されました。ただ、ノルニルの溶液で育った強毒性の植物が大量に茂っているので、数年前から廃線扱いになっています。ですがその分、最短です」
極地の入口が目視できる地点まで来た。その形容しがたい気持ち悪さにロアの顔が歪む。
「どう入る? 自慢じゃないが僕の能力は汎用性が低いぞ」
「私の能力を忘れましたか?」
「なるほど……でもちょっと強引じゃ」
ロアが最後まで言う前にセナは右腕を伸ばし、指を弾いた。
「イグニッション!」
その砲身から稲妻が飛び出し、着弾して火炎が噴き上がる。爆炎が植物を焼き始めた。ノルニルで育った植物たちの悲鳴と断末魔が辺りに響く。
「これが……限界です。走りますよ。それと、マスクは絶対に外さないで」
「わかった」
そしてセナとロアは極地の浅部へと足を踏み入れた。極地は生きている。彼らを待ち受けるのは、死か祝福か、もしくは別の何か。彼らはまだそれを知らない。
***
極地に足を踏み入れた時、セナは耳元で囁く何者かの声を聞いた。
『ねえ。ようやく、全部ぶっ殺す気になった? セナ』
それはセナと同じ声をしていたが、それはもっと暗く深く落としたような冷たい声だ。
「……黙って、セナ」
セナはまだ、その幻影と向き合えないでいる。
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