第17話 日常①
ピピピ、ピピピ、ピピピ、ボゥッ、ビビィッ……──。
──数日後、祈暦1084年7月下旬、アマハラ自由領、秋葉原中央。午前3時55分。
「ゔ……、あ、朝ですか、朝ですね……」うわごとを言いながら起きるセナ。
昨日まとめたばかりの『極地生物の食性とノルニル汚染の関連について』という資料を足で踏み、すっ転ぶ。
「ぎゃっ」
その大きな音に、同室の友人がむくりと起きて寝ぼけまなこをひらいた。
「セナおはよぅ~。ふあ。いま何時?」
「よ、4時前です」
「うるさいよぅ……」
赤毛のデルタはぼさぼさの髪を手櫛で整えながら、セナが散らかしに散らかした部屋を片付ける為に起きる。
うさぎ柄のパジャマを着たまま、友人が脱ぎ散らかした服を掴んでは洗濯かごに放り込んでゆく。部屋の冷房がきついのでぶるっと震える。
「きょうもいつもの男の子と約束?」デルタは目をこすってあくびをする。
「ロアが目当てみたいに言わないでください。違います!」焼いた食用パンを頬張るセナ。
「あたしも会ってみたいな~」鼻歌を歌ってにこにこするデルタ。
「そんな良いものじゃないですよ。皮肉屋ですし」ミルクをぐいっと飲み干すセナ。
デルタはふふっと笑い、セナが散らかしたお菓子の袋を片付け、新しいタオルを渡す。
朝の支度を終えたセナは玄関に向かう。バナナを咥え、そしてデルタに振り返る。
「へるた、いっへひまふ!」
「はい、いってらっしゃい」
デルタは4時起きで毎朝──寝坊の日を除き──欠かさずランニングに出かける友人を見送った。
デルタはいつもセナに勉強を教えてもらっている。探検家において非常に重要な学術部門ではセナに勝る同年代はいない。彼女ほど家庭教師として優秀な人はいないのだ。その代わりにデルタは家事の一切を担当する約束になっている。
この契約が非常に不当なものであることに気付いてはいるが、デルタは器が大きいので、甘んじてそれを許している。
「(セナはほんとに頑張り屋さんなんだ。応援したい。ほんとにだらしなけど……)」
そんなデルタの思いにもセナはちゃんと気付いている。だからこそセナは誰よりも上昇志向が強いのだ。
準備級時代、名門の家の出であるセナを唯一特別扱いしないで、付き合ってくれたのはデルタだった。ふたりは親友だ。
「さて、と。二度寝してから、朝ごはんつくろっかな」
そしてデルタはお布団に戻り、むにゃむにゃとあたたかい夢の世界に帰還する。
***
ポンドの部屋を出ると、ロアは靴のかかとを踏まないようちゃんと履きなおす。
「よし」
ロアの部屋は結局ポンドと同室になった。他の部屋も空いていたのだが、ポンドから聞けるこの世界の面白い話──ポンドは武勇伝を話すのが好きであるが多少の誇張が入る──を聞くことができるので、ロアはポンドが良ければと彼の部屋を希望した。
ポンドとしても同年代の友達がなかなかいなかったので嬉しかった。
ロアは甲板に出て、登りゆく朝日と空を見上げる。その空は白磁色と紺青を混ぜたような、空の色だ。それを見てロアは、黎明旅団という組織の名前の由来を少し考えていた。
甲板は広く、風が柔らかな熱気を連れ去ってくれる。夏の早朝は気持ちがいい。
遠くから、たったったと小気味良いリズムが聞こえる。それを目と耳で確認して、少しストレッチ。その速度に合うように、隣にならんで走り出す。
「──はっ、はっ、はっ。別に毎朝付き合わなくてもいいんですよ」
「いいん、だ。君に、追いつきたい。いつも、貧弱って、言われる、から」
セナのランニングは全力疾走の7割だ。走り方も競技選手のそれである。貧弱なロアが付いていけるわけもないが、ロアとしては能力やセナを頼るではなく、ちゃんと探検家になるつもりがあった。彼はちゃんとトレーニングを始めたのだ。
ポパピペッ。汗だくのタオルの隙間、セナのCocytusに通信が入る。
『セナはっほ~! おはこんばんちゃす! みんな大好きユンたゃアル~!』
「ユン、おはようございます、早いですね」
「この珍妙な通信はなんだ?」
『誰が珍妙じゃーい! ってかもう忘れられてるんかーい! おいおいっ!』
やけにハイテンションな電子音声はユンだ。
「元気ですね」
『ま、基本的にユンたゃは寝ないからネ~。便利な身体(ぴーすぴーす)』
どういう原理なんだろうとロアは思う。
「切ってもいいかな、うるさくて集中できない」
っておいおいおい~! とユンは冷たくされても気にせず楽しそうだ。
「それで、千代田大渓谷の様子はどうですか?」
『ん~、昨日の夜からロックウェル隊とサリンジャー隊が見に行ってるけど、普段と変わんないネ。でもユンのLegionたそが間違えるわけないから、絶対なんか居るんだよネ~』
秋葉原北部を縦横十字に切り裂く大渓谷──第19号極地千代田大渓谷。
第9支部が秋葉原と渋谷平原の間に停泊しているのはここを見張る為でもある。
周囲の乖離等級上昇を感知し、主動隊が偵察に向かった。
セナのランニングコースも閉鎖されているので、しばらくは甲板の上を周回することになっている。
「大瀑布の方はなんともないんですか?」
「それはえっとたしか07号……鎌倉大瀑布か?」
「はい、そうです」
『第07号極地鎌倉大瀑布は~。いつも通りだネ。滝の水量がちと多いけど、特に変わった様子はないカナ。こっちは見る必要ないからみんな引き上げてんネ~』
ユンに礼を言ったセナはロアの方を見る。
「調子は上がってきました? それともペース、さげます?」
「冗談じゃない。ちょうど靴の中の小石が取れて本調子になったとこなんだ」
まだ軽口を叩ける範囲だと理解したセナは少しペースを上げた。
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