第16話 訓練③
「セナちゃんはなんだか、使っているというより、使われている感じがするなぁ」
炎の推進力を使った下段回し蹴りを軽く避けられ、着地で踏みつけられる脚。痛みに叫ぶ間もなくそんなアドバイスをされ、思考が揺れる。
シルバーサーティは探検家ではない。だが、今まで模擬格闘訓練をしたどの探検家よりも身体の動かし方を知っている。そして同時に、アーツを身体の一部の様に使う。
セナが踏まれたふくらはぎを軸に身体をひねり、その勢いで逆の脚で後頭部を蹴り飛ばそうとするが、シルバーサーティがすっと腕を振ると地面からアスファルトの盾が生じて防がれる。
同時にセナの転んだ背面の床が波打ち、連続で殴打を撃ちこまれる。
「あああッ!!!」
これにはさすがのセナも声を上げた。
「これで終わり? 探検家でもない私に負けちゃう?」
ふふと笑い、あえて煽るシルバーサーティ。
「そんなわけ──無いでしょ!」
シルバーサーティは少々油断していた。この少女はアーツの使い方が不安定だというので、お手本を見せてあげよう程度の気持ちだった。
だが、余計なことをこぼしてしまったばかりに、文字通りセナに火をつけてしまった。
周囲の温度が急激に上昇──。盾となっていたアスファルトはどろりと融ける。シルバーサーティの衣服に着火する。流石にまずいと思い、シルバーサーティは重い一撃を腹に食らわせる。
ふっとんだセナは床に叩きつけられる。それでも炎は止まらない。セナを焼かんとするそれは、もう誰にも止められな──。
「セナ、お疲れ様。疲れたし、お茶でも飲みに行こう」
ロアがセナの頬に触れた。火に負けず、強い意志を持って──彼女のノルニルを落ち着かせたいと。
そのとき、鋭い痛みを感じた。物理的な痛みではなく、心の痛みだ。セナの痛みが流れ込んでくる。そしてそこでロアはこの《虚心》という力の本質を知る。
これは──誰かの心と自分の心をつなげる力だ。
ロアによって感情の荒波が中和される。汗だくのセナは涙を流しながらぜえぜえと息をした。ロアが水筒を渡すと、セナはごくごくと飲み始める。
そこに歩いてくるシルバーサーティ。
「いじわる言ってごめんね。でも、言ってることはわかったでしょ?」
セナはこくんと頷く。使っているというより、使われている。その通りだ。
「探検隊のふたりが揃いも揃って暴走癖があるとかマジで勘弁しろよな~」
サリンジャーはそう言って、ロアの頭をわしっと撫でた。
「下げる方は出来たな。上げる方も身につけようぜ」サリンジャーがロアに囁く。
セナから受け取った水筒の中身を飲み干すと、ロアも強く頷いた。
課題は多い。でも、課題が何かわかった分、きっと前進している。
***
──相手を交代した格闘訓練後。
シルバーサーティにボコボコにされたロアは地面に這いつくばって負けを認めた。それまでは「筋肉痛だから手加減するよ」とか「女性は殴れないな」などと抜かしていたロアだったが、もう二度とそんな甘えたことを言うのはやめようと自分の胸に誓った。
「ドンマイ新人くん。アーツ制御がまだまだだね」
「なにか……アドバイスを……」
シルバーサーティは這いつくばるロアを椅子にして、頭を撫でながら座る。
「そだねー。んー。アーツ以前に貧弱」ぐさりとロアに刺さる。
「もっと鍛えるよ……」
「だね。でもまあ、アーツの方は感情や意志の問題だし、そっちは大丈夫だよ」
「なぜ言い切れる?」
シルバーサーティは微笑んだ。
「本当に心のない人は、そんな眼、できないんだよ──」
ロアはその言葉を不思議に思ったが、胸に仕舞った。
次戦、セナとサリンジャー。それを見学しながら、ロアはシルバーサーティが《灰塵》のアーツで作ってくれた氷嚢でおでこを冷やしていた。
向こうでは、アーツや逆理遺物を一切使わないサリンジャーと、アーツを全開にしても一歩遅れを取るセナの戦いが続いていた。
「踏み込め。炎にばかり頼るな!」
「うらぁああああッ!」
それを見て、ロアの隣に並んで座るシルバーサーティはクスクスと笑った。
「サリンジャー楽しそう」
「あれが? 鬼教官だ」
シルバーサーティは頷く。
「サリンジャーってね、その能力の代償が大きいから、あまり前線に出してもらえないんだ。隊長クラスなのにデスバレーにすら潜ったことがない。実績が少ないから、他の指揮級からは『教官だけやってればいい』とか心無いことも言われてた」
「そうだったのか」
「でも、あの子はそれだけじゃない。努力の人なんだ。だからこそ、自分の歩んでる険しい道を、一緒に歩いてくれる君やセナが居てくれて、嬉しいんだよ」
「そうか……」
ロアはそれを聞いて、サリンジャーの伝えてくれるものを大切にしようと思った。極めて単純な思考回路だが、そういった素直さが、ロアの良いところでもある。
「ね、ロア」
ロアは隣をみてシルバーサーティの横顔を見つめる。
「君は、正義って何だと思う?」
唐突に投げられたそんな質問に、ロアは応えることができなかった。それでも真剣に悩む姿をみて、シルバーサーティは小さく微笑んだ。
「胸にひとつ、抱えておくと良いよ。私もそうしてるんだ」
ロアはまた戦うふたりの方を見た。
──正義を抱える、か。
彼がもうひとつ彼女に質問しようとしたとき、もうそこにシルバーサーティはいなかった。彼女の作った氷は、いつの間にか、水になっていた。
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