第15話 訓練②
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……。
ロアは甲板に寝っ転がり、だらしない見た目も気にせず四肢を広げ、もう何もしたくないということだけを考え続けながら、意識を保ち続けた。
あの後全身を筋トレでいじめ抜かれ、彼はもう指の一本も動かしたくなかった。
そんな情けないロアを見下ろしてケタケタ笑うサリンジャー。だが、彼女も鬼畜ではない。
「(ちゃんと指定したミッションはクリアする。弱音もナシ。見込みあるじゃん)」
ロアのことを旅団に迎えることを反対していた彼女だったが、真摯に自分自身とその力について向き合う姿を見て、少しずつ心が変わっていた。
「(──だが問題はセナの方か。身体は強いが、精神がな)」
セナは乖離等級が低いというだけで、格闘、体力、戦術立案どの面をとっても優秀だった。そのため、ロアよりは疲弊せず、隣で自身のふくらはぎを静かにマッサージしている。
このところ彼女が何を考えているのか、サリンジャーにはわからなかった。彼女がファントムと向き合えずにいるという問題を、ロアのアーツでカバーすることで、それが現実逃避につながらないかと心配だったのだ。
そんな心配をよそにくたばっているロア。夏の蝉が騒いでいる。
「ぜぇはぁ……」
そこに、足音がひとつ。その人の頭が、太陽を隠してロアの顔に影を作った。
「おや、誰この子。かわいー。新人くん?」
するりと真横に寝転んできた背の高い女性にぎょっとする。彼女はロアの頬をつついたり、首筋に鼻を近づけすんすんと嗅いだりした。ロアは避ける気力もなかったので為す術なくされるがままだった。
「シルバーサーティ。子どもをからかうのもそこまでにしてくれ」
サリンジャーに名を呼ばれた女性は「はーい」と言って、両腕を頭部の地面に付け、身体をばねにすると、ぱんと打ったように跳ね起きる。その身体能力の高さに驚くロアとセナ。
「時間ちょうどだな。こいつはシルバーサーティ。アマハラ東部エリア担当のシグナルだ」
「シグナル?」
ロアがそう問うと、セナが隣で付け足した。
遊撃通信会社シグナル。
重力津波──オラシオンで度々起こる重力異常──によって、安定した大陸間通信網が確立されていないこの世界で、最も早く情報を伝達する手段であり、そしてシグナルはその最大手の企業。
シグナルは黎明旅団や正規軍事目的以外でアーツを保有することが許可された、数少ない組織だ。
彼女、シルバーサーティはアマハラ東部エリアの担当であり、主にアマハラと第9支部間の情報伝達を行う。
名前にシルバーとある通り、彼女の銀の髪は美しく、猫目で、左目の下のほくろが印象的だった。
「特にこいつは《灰塵》って言う珍しいアーツ持ちでな。見せてやってくれ」
「あいよ~」
にこにこと笑いながら、シルバーサーティはしゃがんで床に触れる。すると、アスファルト敷きの甲板がうねり始める。ロアとセナは身体を起こして離れた。
「じゃあ、剣にしようかなー」
言うが早いか、地面が造形をはじめ、彼女は甲板に手をずぶずぶと沈める。そしてその中から大きな剣を引き抜いた。素材はアスファルト──だったがまるでそうは見えない。その物質はその物質になるべくしてなったかのように変化していた。
その大剣をがすっと地面に刺すと、シルバーサーティはそこに顎をのせて笑った。
「へへ。すごいっしょ、粒子操作。粒状なら大体のものを操れるよ。上限はあるけどね」
ロアはぱちぱちと拍手を送る。
「……──」
セナはそれをじっと見つめていた。彼女には気になることがあった。だが、それを上手く言語化することができない。シルバーサーティの能力は熟達していると言えるが、それ以上の何かを感じた。それは、あまりにアーツが手に馴染んでいるということかもしれない。
アーツは所詮ファントムからの借り物だ。それをまるで自分の力みたいに──。
しかし、それがシルバーサーティという人が熟達した末に辿り着いた極であるならば、彼女から学ぶべきことは多いと、セナは思った。
「じゃ、戦闘訓練の話をしようか。シルバーサーティに来てもらったのは他でもない。アーツの操作が卓越しているからだ。その扱いを見て学んでくれ」
「お手本ってことか。いいよー」
シルバーサーティは腰に手をあて伸び、軽いストレッチを始めた。セナはようやく始まる戦闘訓練に胸を高鳴らせる。
探検家にとって、賢くあることと同じくらい強くあることは重要だ。探検中での極地生物との戦闘、紛争調停の依頼、その活躍場面は多岐に渡り隊員により違うが、強くあることは重要な生存戦略だ。
「セナはシルバーと先に近接格闘訓練だ。アタシはロアにまず話がある」
シルバーサーティはおっけーと言ってセナの手を引いて、歩いて行った。サリンジャーはこちらを向いて、始めようかと言う。
「ロア、昨日教えたアーツ原理を復習したか?」
「ああ。ノルニルを刺して、ファントムが生まれ、アーツを借りる、だな」
よろしいというと、サリンジャーは頷いた。
「だがそれはあくまで原理原則。ロア、お前はイレギュラーだ。ユンから教わった通り、お前の力はアーツであってアーツではない。それをちゃんと論理に落とし込んで扱う必要がある。言ってる意味、わかるな?」
ロアは頷いて手のひらを見つめる。
「ユンは『触れたら勝てる』と言ったが、ことはそう簡単じゃない。もしノルニル操作が自由に出来ているのなら暴走なんてしてないはずだ」
「自由な操作──。と言っても具体的なイメージがわかないんだ」
「お前が0等級と聞いた時、お前の内には何もない印象を持った。記憶がない、力が無い。──だが最も欠落しているのは感情だ」
「感情」
「いや、『意志』と言った方が正しいかもしれないな。何かを為すという意志。それを見つけるんだ。力はお前の中で渦巻いている。後はそれをどういう形で出力するかだ」
それを聞いたロアは、少しだけ答えの欠片に触れたような気がした。その目を見たサリンジャーはぱしんとロアの背を叩く。
「ま、やってみねーとわからんな。シルバーの贅肉を掴んで等級を0にしてやれ」
笑いながら冗談っぽく言うサリンジャー。送り出されたロアは、セナとシルバーサーティが闘うその場所へ向かった。
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