第14話 訓練①
翌日、朝早く目が覚めたので、ロアは話に聞いていたマゼランの図書館にやってきていた。
身長の倍ほどある大きな木製の扉を開ける。中はしんと静かで、滞留していた書庫特有の重い空気が緩やかに流れ出した。
「(まるで時間が止まっているみたいだ)」
ロマンチックな感想を抱くのも無理はない。
マゼラン中央図書館は4階までをぶち抜いた巨大な書庫で、その艦船が学術目的の施設だと思い出させてくれるほどに、設備が整っているのだ。
壁面は雑誌から学術書まで並び、一見煩雑の様にも見えるが、見てみると分類ではなく発行年で並べられていた。
黎明旅団にとっては何が書かれているかよりも、いつ書かれたかの方が重要なのだろう。
そうしてロアが壁面に沿って色々見ていると、中央に円形のカウンターがあった。貸出等はそこでするのだろうかと思って見ると、そこには少女がいた。
黒く長い髪に青のインナーカラーの少女。その横顔は真剣で、熱心に本を読んでいる。ロアは足音が響かないように歩き、近づいてみる。すると彼女はふわりと顔を上げて目を合わせた。
「なンだ?」特徴的な声。
しかし、敵意ではなくシンプルな問い。
「広いなと思って」
その答えが問いに対して正しいかはともかく、少女は少し考えて答える。
「シャンバラにある図書館の方がでかいンだって。聞いたことがあンだ」
やや適当な話し方をする。ただ、彼女の場合気だるげな表情から、それが似合っているような気もした。
「理想郷──。ということは誰かそれを見た人間がいるのか?」
大きな図書館と聞いて、いつか見た光景、夢の残り香をふわりと思い出していた。
「ン~。酔ったサリンジャーの言葉だからなぁ。あ、サリンジャーってわかるか?」
「あったことあるよ。師事してるんだ」
そかそかと答える少女。
「サリンジャーも、ラウラから聞いて、ラウラも誰かから聞いたってンで、真実はよくわからンのだけどさ。そういうこと考えンのは楽しいよな~」
「わかる。君は何を読んでいたんだ?」
「これ『白鯨』っての。ま、古シナル祖語版だから厳密には読ンでないけどな。眺めるだけ」
「難しそうだな……。何かおすすめはあるか?」
ン~。と少し思考を巡らせると、彼女はカウンターの下から一冊本を取り出した。
「『鏡の国のアリス』?」
「それ面白いぜ。噂ではそれの前日譚があるらしいンだけど、まだ誰も発掘してないンだ」
「面白そう」
「ウチはファティマ。よろしく。読書仲間として仲良くしようぜ」
「僕はロア。よろしく」
ロアは小説を持つと、手続きをして利用カードを作り、図書館を後にした。少しずつだが、彼にも知る人が増えてゆく。それはきっと、彼にいい影響をもたらすだろう。
ロアは訓練の時間が来るまで、デッキの憩いの庭で、その小説を読んでいた。
***
──昼、晴天下の北部大デッキ。マゼランは依然アマハラに在り。
ロアは訓練前に入念にと、セナに柔軟を手伝ってもらっていた。ロアは身体が細い上に硬いのだ。その間、前々から気になっていたことを訊く。
「セナってポンドのことがあまり好きじゃないのか? 同期なのに」
あまりにふたりのそりが合わないので、気になっていたロア。今朝なんて、ポンドがため息をつきながら「あいついつも怒ってない?」とロアにこぼしていた。
ポンドの方が長い付き合いなので彼の方が詳しいであろうに。
「好きじゃないというか、鬱陶しいんです。あと、やっぱり生理的に無理です」
かわいそう……、という感想を抱き、自分だけでも友達でいようとロアは小さく誓った。
「ロアは気になる子とかいないんですか。もうここにきて数日が経ちましたが」
「気になるかはともかく、今朝ファティマという子に会ったよ。本の話が出来た」
「あの子が初対面で本の話をするなんて珍しい……。他には友達出来ました?」
「図書館に行ったのも気まぐれだし、あまり外には出ないから──。あっ、でもポップコーンが飼っている犬はとてもかわいい。彼は僕と気が合うようなんだ」
「ああ、ビーグル犬のピーナッツですね。あの子、自分より弱い人間が好きなんです」
「聞くんじゃなかった……」
げんなりしながら柔軟を充分に終えると、そこに適当な伸びをしながら、気だるげなサリンジャーが歩いて来る。
ふあっとあくびをすると、二の腕をぽりぽり掻く。確かに気も緩む。今日は暑すぎることもなく、湿度も低い、良い日和なのだ。
「おはよう。サリンジャー」
「よう、いい訓練日和だな。準備はできてるか?」
「万全です」
今日もサリンジャーによる訓練が行われる。昨日はノルニルやファントム、アーツ原理の説明で潰れたので、実質今日が初日となるが、ロアとセナは気合であふれていた。
いったいどんな格闘技を教えてもらえるのか、もしくはかっこいい必殺技か? などとロアは考えていたが、残念、サリンジャーは彼の予想を平然と裏切った。
「じゃ、まずは腕立て伏せを200回。それを3セット。慣れたら倍な。その後は走り込み」
ロアは口に出すと叱られそうなので黙ったが、セナは顔に出るタイプである。それを見透かしたサリンジャーは後頭部を掻く。
「なんだその顔~。基礎が一番大事ってのは、お前もよく知ってるだろセナ」
「……はい。それもそうですね」
「言うなれば基礎が必殺技さ。努力なしに力を持った者は、その力に責任を持てない。アタシが教える以上、お前らをそんなバカにはしない」
頷いたロアはサリンジャーが言い終わるやいなや腕立て伏せを始める。それを追うようにセナも慌ててトレーニングを始める。
サリンジャーはそれを見てははっと笑った。
──いいじゃないか。
「じゃ、始めようか」
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