第11話 能力①
朝起きると、何かが焼けるとてもいい香りがした。目を開けて、鼻を向ける。視線の先には、鼻歌を歌いながら料理をするエプロンをつけた男子がいた。
「おはようポンド」
黎明旅団第9支部ラウラ隊ネゴシエーター、乖離等級19、ポンド。
あのあとロアは、仮の部屋として同年代の男性隊員であるポンドの部屋に泊まることになった。
「おーう、おはようさん」
ポンドはフライパンから卵料理を皿に移すとこちらへ挨拶した。
「それは?」
ポンドは朝ごはんを作っていた。それをロアの眠るベッドのサイドテーブルに置く。
自分はエプロンを脱いで放ると、はねる寝癖を掻いて直しながら向かいのベッドに座った。
「朝ごはん。マゼランには中央食堂と南部食堂があるけど、どっちもこっから遠いんだ。んで、あんまし表立って動きたくないんだろ? ま、姐御の言うことだし、拒否権ないけど」
「姐御?」
「ラウラの事さ。あの人の隊の交渉者なんだオレ」
ポンドは卵料理をかりっと焼いた食用パンに挟んで頬張った。ロアもそうする。
「色々とありがとう。少しだが世話になる」
「いーってことよ兄弟。お礼は女の子紹介してくれたらそれでいいさ」
ロアはポンドを気に入った。この人はとても良い奴だ。
「善処する」
「んあ、そう言えばサリンジャーからお前に伝言だぜ。ヒトマル……10時半にマゼランのデッキに来いってさ。あ、北の方な。北ってわかるか? マゼランの船首が北で船尾が南な。ま、分かんなかったらオレが連れてくよ」
気の良い奴だとロアは思った。黎明旅団はロアをどうこうしようという人間ばかりではないと。
しかし一番どうこうしようとしていたサリンジャーから呼び出しとは何だろうかとロアは考え、そして昨晩、訓練をするとサリンジャーが言っていたのを思い出した。
「サリンジャーから呼び出しかぁ、良いよなぁ」
「僕にはそれがおっかない事のように思えるが」
「オレさ、なんでかサリンジャーと一緒にいると楽しくて、どきどきするんだよなぁ」
──それって恋では? なんにも知らないロアにでさえ一撃でわかった事実。当の本人はバカなので気づいていないのである。
「……お、応援するよ」
「え、何が?」
バカは放っておいて、ロアは朝食を食べ勧める。
彼の役に立ってあげたいが、生憎それより大事なことがあるので、そちらは祈るだけだ。
かくしてロアは洗い物や朝の支度を一通り終えると、一般任務のため出勤したポンドと廊下で別れ、マゼランの北側大デッキに向かった。
***
サリンジャーの薄青く長い髪が甲板に吹く風で揺れる。
そのシルエットはしっかりと鍛えられているがしなやかだ。
件の大鎌を地面に刺してもたれる彼女はあくびをした。
セナはデッキに出てきたばかりのロアを見つけると背伸びして手を振った。セナはいつも通りポニーテールで、白磁色に紺青のラインが入ったシーカーコート──黎明旅団所属の探検家が身に着ける専用ジャケット──に身を包んでいた。
マゼランは判別しやすいからなのか、至る所に白色と紺色を配色していたのをロアは見ていた。
「来たか」
もう一度大あくびをしたサリンジャーは大鎌を引き抜くと呟く。
「──定義構築。大鎌収納」
すると彼女の手から大鎌が消える。ロアはアーツを見るのに慣れてきた。
「怪我はもう大丈夫か?」
「ああ。昨日、目が覚めた時点で良くなっていた。全身粉砕骨折した感触があったが……」
セナが隣に立つ。
「サリンジャーが定義構築したんです。代償は大きかったみたいですが」
「定義構築?」
ロアが聞くと、サリンジャーは腕をまくり文章が書かれた肌を見せる。
「アタシの能力、《定義》──命令式を身体に記述して、詠唱。代償を払う代わりに、その命令を必ず実行するって具合。昨日見たろ?」
ロアは彼女が定義構築と口にした瞬間動けなくなったのを思い出した。セナの炎の様に、サリンジャーにもアーツがある。
「ちなみに昨日の代償は筋力負荷だ。おかげで二日酔いアンド全身筋肉痛みたいな気分だ。アタシが自分の訓練できない間、お前らをしっかり鍛えてやるよ。準備は?」
「はいっ!」「いける」
ふたりともいい返事を返す。
「じゃあ、その下準備から始めるとするか。──ユン!」
サリンジャーは二度手を叩く。
すると、マゼラン北部に建てられた巨大なパラボラアンテナから、BACHIBACHIっと目に見える青い稲妻がサリンジャーの太ももに落ちる。
サリンジャーはどうともないという顔をして、ポケットから携帯端末を取り出し、その画面をロアに見せた。
そこには白いビキニにオーバーサイズジャケットを着た水色髪の女の子がいた。
『よばれて~とびでて~おはこんばんちゃース! オマエら大好きユンたゃアル~!』
SHIIIN──。甲板に吹く風の音がする。しかしユンと名乗った女の子はものともしない。
『でっでっ、今回の迷える子羊はどこカナカナ~?』
画面の中で騒がしくしている。
「……なんだこの珍妙な生き物は」
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