第108話 消失①
終末フロイトの存在が敵方、特にラウラ・アイゼンバーグという特級爆弾の行動を抑制してくれている。不気味な男だが、贋作ヴァニタスにとってはありがたい援軍だった。
『して、贋作よ──
お前は我に何を求むる。
言葉にせよ。我は既にその代価を、
受け取った』
代価を受け取ったという《撃鐘》の言葉に贋作ヴァニタスは強い違和感を覚えた。自分はまだ何も問うては居ないし、支払ったつもりもない。だが、目の前の巨大な青銅製の鐘がそう言ったのだ。
贋作ヴァニタスははっとした。その鐘に問うたのが自分ではないのなら、否、考えるまでもない、召喚したのは「彼女」だ。
ばっと振り返った時、少女、祈祷ヨシュアの消失を贋作ヴァニタスは確認した。《撃鐘》は自分に話しかける前に、彼女の出自と真実を語った。それは、明確にヨシュアが答えを欲したということだ。
そしてその答えを得た代わりにヨシュアは消えた。死んだのか? いや、そう安易に片付けるには《魔鍵》というものは特異すぎる。まだ死んだとは確定していない。それに、それを疑問に思えば奴が答えてしまう。ヨシュアは問いを言葉にしたわけではなく、恐らく思っただけなのだ。
『贋作よ。祈祷の行方がお前の知るべき事か』
「違う。私には私の知るべきことがある」
『ほう。勇ましいな。
この世の人間は、およそ、自分の知るべきことを知らぬ。
自らの知るべきこと、そして真に知らぬことを
的確に定義できる者は、嫌いではない』
遠回しな言い方をする鐘に左右されてはならない。真実を知れば、身体を持っていかれる可能性が高いのだ。自分にとって、最も知るべきことを──それだけで自分の存在意義を果たせる何かを問わなければならない。
そしてその問いはたったひとつだけ。もうわかっていた。
「──アイラ・オーブリーを取り戻す方法を教えろ」
ゆらり、ゆうらり。
《撃鐘》はふるえ、ゆれる。
この戦争の只中において、およそもっとも必要ではない問い。
しかし、贋作ヴァニタスにとっては必要な問い。
それを導き出したことを、《ラプラスの撃鐘》は評価した。
『アイラの娘よ。
その問いに答えることが出来る。
だが覚悟せよ。それは決して容易ではあらぬ。
理を逸することは、そう、容易ではあらぬ。
だが、知ることを望むか?』
「望む」
鐘は震えた。そして、一度だけ大きく身体を揺らし、己を鳴らした。その瞬間、贋作ヴァニタスは戦場から消失した。
『旅立ちと消失は紙一重なり』
役目を果たした《ラプラスの撃鐘》は、再び己を誰かが起こすまで、眠りについた。もうそれは黙して何も、語らぬ。
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