第99話 回帰②
アタシはよろしくと差し出された手を無視した。
「出ていけ。探検家なんて、みんな死ね」
「えー。あたし何かしちゃったかな……。うちの娘たちにもこんな反抗期がくるのかしら」
とぼけたようなことを言うアイラ・オーブリー。
アタシは腕に自信があった。これまでアタシを襲おうとしてきたやつ、他の路地子を襲おうとしたやつ、みんなぶちのめした。力が強いものが場を制する。それがここのルール。
余所者。それに、探検家というやつらが嫌いだ。親を助けてくれなかったのもそうだが、特別な力だとか言って特権階級ぶっているのがむかついた。ちょっと痛い目にあわせてやろう。アタシはそう思って、アイラが娘の話をしだした隙を狙って攻撃をしかける──。
当たらなかった。拳は確実にそこにいたアイラを殴った。けれど、その拳が振るわれたのが、まるでキャンセルされたかのように、時間が巻き戻ったように、何も起きなった。
アタシは狐につままれたような気がした。アイラはまだ娘らの話を続けている。だが、何度攻撃を繰り返そうとも、たったの一度だって、殴ることはできなかった。
娘が最近おもらしをしたという話を楽しそうにするアイラはようやくこちらを見る。
「うん、筋が良いね。莫高窟は明日にして、今日はあなたと遊ぶことにする」
それからは、酷いものだった。何度攻撃を加えても当たらない、どころか、そのカウンターが来て吹き飛ばされる。未だに触れることは叶わない。夕暮れまでそれが続き、アタシは汗だくなのと、お腹がすいたので、ぼろぼろになってぶっ倒れた。
頭痛で目を覚ますと、知らない宿にいた。布団に寝かされ、隣では眼鏡をかけたアイラがろうそくの灯りで文献を読んでいた。その横顔を見ていると、ふと両親のことを思い出した。なぜそう思ったのかはわからない。まなざしが真剣で、そして優しいものだったからなのかもしれない。
見ていたアタシに気が付くと、アイラは「おはよー」と軽く言って笑った。
「……アンタは何がしたいんだよ」
「あたし? んー、楽しいことがしたいかなー」
「そうじゃなくて! アタシをボコして何がしたいってことだよ」
「ボコしたつもりはないよー。勝手に自滅したじゃないの」
この女……。
「あたしはね、可能性が好きなんだ」
アイラは楽しそうに言う。
「答えが決められていると、つまらないっていうかね。だから、あなたみたいに何としてでものし上がってやるって、可能性に満ちた目を見ると、つい手を出しちゃうんだ~」
自分がそんな風に見えていたのかと、少し不思議な気持ちになった。ただその日を生きていければいい。それだけでいいと、思っていたはずなのに。
「質問。あなたのご両親が亡くなった、極地活性災害。その復讐、したい?」
なぜそのことを知って──。アタシは疑念を持った。でも、それは答えと関係ない。
「探検家は嫌いだ。復讐も、別にどうでもいい。死んだものはもう仕方がないから」
「あなたの中の『正しさ』を履行する気はないの?」
「さあ。正しいとか正しくないとか、アタシはどうでもいいんだ。正義なんて、無いから」
そう答えてふと思った。だったら、アタシにとって大事なモノって何だろう。
「やっぱりあなたを選んでよかった」
そう言うと、アイラは徐に立ち上がり、アタシに手を差し伸べた。今度は握手ではない。こちらへ来いと、言われている気がした。手だけでなく、目がそう言っている。
「あなたは探検家の素質がある。あたしと一緒に行こう」
「……冗談じゃない。んなもんに興味ないし」
「3食飯付き、酒も飲んでいい。ふかふかのベッドに、水圧の強いシャワー」
アタシはあごに手をあて、少しだけ考えた。そして、答える。
「乗った」
アイラはにこにこと笑っていた。でも、アタシはひとつだけ条件をつけた。
「読み書きを教えてくれないか。この本を読みたいんだ」
アタシの手には唯一の形見が握られていた。
「それだけでいいの?」
「それだけでいい」
答えると、アイラは顔を耳元に寄せ、妖しく笑った。
「勉強熱心はいい心がけだね。──でももっと強欲にならなくっちゃ。探検家だからね」
それが何となく、道標である気がした。
あ、でも盗るのは罪だ、返しておいで。と、盗った古銭のことを叱ったアイラはアタシの頭をくしゃくしゃ撫でた。誰かにそうしてもらうのは、久しぶりだった。
そうして、リー・ルォシーはその名前をグゥァンマンの地に置いて、観測船マゼランに乗り込んだ。サリンジャーというコードネームを、新たに自分に贈って。
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