第98話 回帰①
──約13年前、祈暦1071年頃。耀国、古都グゥァンマンの或る道。
「ルォシー! ルォシーどこだ! あんのクソガキが……」
古物商のおやじの店から古銭を盗み出すのは、普通、簡単なことじゃない。古銭と言っても大断裂以前の硬貨なら、その価値は計り知れないから、おやじだって簡単に盗られるわけにはいかない。だから隠す場所も隠し方も慎重だ。
でも、簡単じゃないというのは路地子に慣れていないずぶの素人に限った話。アタシはその点、才能があった。最低な才能だけど、身売りの才能かこれで選ぶしかなかったから。
汚れた服で汚れた顔を拭った。盗った古銭をポケットに入れる。
耀国は文字通り輝ける国だ。大断裂以前は大国だったそうだが、災害を経て国土が縮小してもその国力は衰えていない──。道で聞きかじった話だからよく知らないけど。
大体、路地子にとって大断裂だの極地だのってのは何の意味もない。アタシらにとっては、日銭をどのようにして稼いで、鼠除省の人間からどうやって逃げるかだけが重要だった。
遠くから、まだルォシーの名を呼ぶ声がする。アタシはうんざりした。
両親は洋服屋を営んでいた。仲睦まじい夫婦で、アタシの自慢の親だった。アタシが将来、耀国映画のスターになるんだと言って、賞を取った時にはふたりが作ったドレスを着ていくと言ったときは、大喜びしてくれた。
両親が目の前で死ぬまでは、その夢は叶うと思っていたんだ。
街の北にある近くの極地で化物が異常活性し、街にまで降りてきて、ソレがふたりをアタシの目の前で食いちぎった。数人の探検家が極地生物の駆除にあたったが、数が足りなかったらしい。誰の救助も間に合わず、両親は跡形も無くなった。
まあ、そんな理不尽は耀国ではよくある話というか、それを憐れに思って手を差し伸べようとする稀有な人間もいない。なぜならそれはありふれていて、溢れているのだ。耀国の裏路地には、そういった経緯で家を失った路地子が嫌になるほど居た。
両親がくれたもので、この世に残っているのはそのルォシーという名前だけだった。いや、それと古い本がある。昔から家にある本だ。でもアタシには文字が分からない。なんでも、極地から出た遺物らしい。両親はこれを『ライ麦畑』と呼んでいた。今日もその本を枕にして、路地裏でひっそりと午睡に落ちる……──。
「ね、お嬢ちゃん、莫高窟ってしってる?」
肩をとんとんとつつかれ、びっくりして振り返る。アタシに気付かれないで背後にまわるなんて、そんなの初めてだった。音も気配もなかった。
「割とでっかい極地なんだけど、長らく誰も鎮めに行ってないらしいんだよね」
その人は背が高く凛とした女性で、目が爛々と輝いていた。アタシは一目でそれが「探検家」だとわかった。アタシは気付かない間にそいつを睨んでいた。
「どーどー。怖くないよ。あたしはアイラ。アイラ・オーブリー」
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