第92話 再会④
『気づきましたね』
「お前たちはどこまで──どこまで──ッ!」
ロアは立ち上がりネグエルに相対する。
『ああ、勘違いをされていけない。……ヨシュアは何も知らないのです。全て魔眼ダークロードが引き起こしたことなのですよ。彼女らは、いわば表と裏。記憶は乖離しています。純粋無垢で、一滴の悪も持たないヨシュア。そして、一滴残らず悪意でできたダークロード。他者に虐められ壊れかけた彼女の心を守るには、切り離すしかなかったのです』
「だったら……彼女は、彼女の愛した街を、無自覚に、壊したって言いたいのか」
『その通りです。しかしそれはダークロードのレゾンデートル。ヴァニタスが手を貸したのは誤算でした。まさかそこまでするとは。ですが、ヨシュアがあんなにも綺麗で居られるのは、ダークロードのおかげなのですよ』
「だったら、セナの傷は──」
『あの悪意の化身の餌食になった憐れな子ですね。申し訳ないとは思いますが、後悔はありません。シンジケートは、そう進むと舵を切ったのです。もう火蓋は斬られた』
ロアの指先の白銀が、徐々に腕全体に広がった。手のひらは開いて、下向きに。指先に純白の怒りが集う。左手を下に右腕を重ね、ふたつの尺骨端が重なる位置で腕を交差する。
偽典ネグエルは何の抵抗もせず、ただ足を組んで紅茶を飲んでいた。
「(こいつを生かしては──)」
心臓から発生したノルニルを左腕に流し、交差点を通じて右腕に流す。美しい循環は、今までにないロスレスエネルギーの増幅を生んだ。構える。
《虚心》8%──乖離89等級、リーサル/シルバーモード。
ロアの腕はひとつの兵器となって、右腕に充填される。
『学ばない人だ。力は強ければいいというものではない。使えばいいというものでもない。時と、そして場所が何より重要なのです』
それでもネグエルは動じない。
「──黙れ」
セナを苦しめたことへの怒り。ヨシュアに業を背負わせたことへの怒り。街を破壊した、皆を殺そうとした。全ての恨みを、元凶へ。
『私は止まらない。為すべきことを為すために。その為ならば、悪にでもなろう』
最高速度の怒りを放つ。小指を切っ先にして──その瞬間、彼は思い出した。
ズバンッ──。
斬撃は偽典ネグエルを逸れて、ソファを切り裂いた。飛び出した綿が宙を舞う。
『……ああ、なんてことを。これは年代物なのに』
彼はばちばちとエネルギーが残る腕をだらりと下げながら、息をする。深く息をする。そして一撃、両手で自分の頬を強く打った。彼は目を覚ます。頬は赤く腫れている。
──セナ。僕は怒りっぽいのを忘れていた。思い出させてくれてありがとう。
彼は小指を見て、パートナーとした約束を思い出す。もう怒りに任せて力を振るったりはしない。それはただの復讐だ。その暴力は、きっと何も生まない。
なら、阻止したいと思ったこの気持ちはなんだ。いや、迷うことはない。
「──これが僕の正義だ」
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