第91話 再会③
「どうも、私はエルヴィス。あの子の父親代わりみたいなものです」
エルヴィスはシックな服装をしていた。動きもどこかゆっくりで、優しい。
「すまないね、ヨシュアは懐く人にはとことん懐くんだ」
「僕も楽しい。だから大丈夫だ」
「ああ、そうだ。時に、ロア君には好きな人がいるのか?」
「ぶっ。と、突然だ……」
「はは、すまない。私はいつ死んでもおかしくないものだから、あの子の将来が心配でね。つがいの相手を今のうちに見つけておきたいんだ」
「ええと、その歳で? 失礼だが、まだすぐに死ぬような歳でもないだろう」
「いやいや。人生何があるかわからない。例えば今もミスターロアが手中にあるとラウラ・アイゼンバーグの耳に入れば、私はまた臓腑を焼かれてしまう──』
「──いま、何て」
エルヴィスはハンガーラックにかけてあった白いスーツをとって羽織るとロアの隣に腰掛ける。ロアの全身が警報を鳴らしていた。彼の首を汗が伝う。そんなはず。
「あれ、パパ、それ仕事の服。やっぱり外行くの?」
エルヴィスの後ろに、ヨシュアがたったったと戻ってきていた。
『ああ。娘に初めてできた彼氏の前だ。身なりを整えておかないとね』
「彼氏って、ばかばかっ! は、初めてとかじゃないもん! そうだもん……」
頬を赤く染めるヨシュア。対照的に青ざめるロア。
エルヴィスとロアの間のスペースにすとんと腰を下ろすと、ロアの顔を不思議そうに見つめる。
「ロア……? 顔色が悪いよ? お水持ってこようか?」
「いや、大丈夫。だよ」
ロアは最低限それだけを伝えた。そっかと言ったヨシュアはノートを広げ、そこに書いてある必殺技を教えてくれた。
「あのね、エルヴィスはすっごく想像力豊かで、色んな必殺技を教えてくれたの。例えばこの《灰塵》っていうのは粒子を操る技で──」
ロアの鼓膜にヨシュアの声は届かない。ただ、ガンガンと警報が鳴っている。今すぐ逃げなければ、ここにいるこの男は。あの映画館で出会った、見紛うはずもない──。
「はは、ヨシュア。あまり見せびらかすと恥ずかしいよ。そうだ、部屋の棚に自慢のトレーディングカードがあったんじゃないか? ほら映画のヒーローの」
「え、でもわたしもっと話したいよ」
「……ヨシュア。僕はそのカードも見てみたいな」
顔を動かさずにそう言うと、ヨシュアはロアが言うならしょうがないと言って、また自分の部屋へとたったったと走っていった。
全身白いスーツの不気味な男、瞬間、その頭には光輪が輝く。現れた翼は純白で畳まれている。そしてもうそこにエルヴィスの顔はなかった。ガウスがかかったような、霧で見えない顔がそこには在った。
『「内弁慶」などというこの世界では死んだ言葉を使っている人間を、易々と信用してはいけない。私は前に言いましたよね。なにも英語に限ったことではありません。──古シナル祖語の発音を知っている人間は、漏れなく逸脱者なのです』
「偽典、ネグエル」
『私は戦うつもりがありません。ひとまず今日は。それとも、私の呼びかけに応じてこちらに来るつもりになりましたか?』
「冗談も……大概にしてくれ」
『そうですか。では仕方がない。ああ、でも今は殺しませんよ。ヨシュアの前ですからね』
「彼女に何をした、卑劣な、この──」
『はは、あなたはあの「眼」を見ても何も気づかないんですね。ご自分がつけた頬の傷にすら気付かない。嗚呼、なんて素晴らしく愚かしいんだ。盲目的で愛らしい』
「なんの話……」
そこでばちばちと、ロアの脳裏に何かが炸裂した。それはひとつの気付きだ。なぜ国際互助組織R.A.Y.S.の一員であるヨシュアが、災害が起きる前にロサンゼルスにいた? あのオッドアイは? 頬の傷、あの夜の記憶がない? その言葉選び、背丈、──声。
そう、ロアは魔眼ダークロードの声に聞き覚えがあったのだ。
『気づきましたね』
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