第88話 熾火④
ロアと話せてよかったと思ったセナはこの機に自分の研究を進めますと言って、彼がこれ以上気にしないように追い出した。
追い出されても、ロアもすることがないので本を読むくらいしかできなかったが、今は別な本を読みたい気分だった。
ロアは、一冊を読み終えてから次を読むのではなく、いくつもの物語を同時に少しずつ読み進める方が好きだったのだ。
マゼランからロサンゼルスの街に下りてきたロアは、復興しつつある街並みを見た。彼の通っていた本屋さんも、あの日重力津波に流された。言葉が出なかった。それでも人々は生きる為に歩いている。今すべきはきっと、一緒に悲しんであげるなどではないのだ。
そう思って本屋のあった通りに行ってみると、そこには仮設テントと、その前に急ごしらえの小さな本屋が出来ていた。ロアは店に行って、店主に声をかける。
「おっ、ロアくんじゃねぇか。『ブルーリア』はどうだった」
「えっと、不思議な感じがした。そういう方向性もあるのかって」
「統一言語にない語彙もあってよ、古書院の連中も翻訳に手間取ったらしいぜ。んまあ、こうして読者の感想もありゃ、奴らもやりがいがあるだろうよ!」
がははと笑う店主。つられてロアも笑う。良かった、いつも通りだ。
「で、そっちの嬢ちゃん、それ買うのかい?」
「あぐ……。ハンバーガー……本……ハンバーガー……本……」
隣の本棚カートを見ていた女の子はよだれをやや流しながら、手に持っている本と、想像上のハンバーガーを比べ悩んでいた。ロアはその子が誰か知っていた。フードを被っているのは人見知りの証。揺れるさらさらの黒髪。横からも見える長いまつげ。
ロアは店主に代わりに出すよと言って15ドル渡した。女の子はびくんと肩を揺らす。店主がまいどありと言うと、ロアは受け取った本を女の子に渡す。ゆっくりと顔をロアに向ける女の子。
そのオッドアイの少女のフードをくいっと引っ張って剥がすと彼女は「にゃっ!?」と叫ぶ。短い黒髪の端が揺れる。
「ヨシュア、久しぶり」
「あっ、えっ、ロ、ロア?」
女の子の顔がぱぁっと明るくなる。久しぶりの再会だ。
それからロアは自分も欲しかった本を買い、店を後にする。街はまだ瓦礫が多く、時々転びそうになるヨシュアに手を貸した。
「この間の重力津波、大丈夫だった?」
すこし落ち着きなく手のひらを閉じたり開いたりしているヨシュア。
「うん。怖くてあんまり覚えてないんだけど、無事だよ」
ロアは彼女のほっぺたの擦り傷を見て心配に思った。けど、彼女自身は元気そうだ。
「街がこんなになるなんて」
ヨシュアは自分の事より、街の痛々しい姿を見て心を痛めていた。少し閉じたまぶた、噛みしめるくちびる──。街とその横顔をロアは見ていた。
「君は優しいな」
「え? うーん。そうかな」
「そうさ」
ふたりは近くの大きなコンクリート片に座った。ヨシュアは膝に手を置いて言った。柔らかくも意志のある言葉だった。
「痛みをわかってあげられるのは、痛みを知っている人だけなんじゃないかって、わたしは思うんだ。えと、哲学とかそういう大きいのじゃなくて、もっと小さい、気持ちの話」
ロアはそう言った彼女の、深淵の部分を知らない。旅団員の皆もそうだ。そういう話は、冗談やレトリックで誤魔化してきた。でも、もう真っ白ではない今のロアなら、寄り添えるかもしれない。その人の人生という名の物語に、何かを差し伸べられるかもしれない。
いつも目線を中々合わせてくれないヨシュア、今日は目を合わせる。ちゃんと。
「僕で良かったら、君の話を聞かせてほしい。最後まで聞くよ」
そんな真摯な態度を取られることがなかったヨシュアは驚いた。でもロアになら、とヨシュアは口を開いた。彼と彼女はもう、信頼すべき友達なのだ。
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