第87話 熾火③
「……私と、駆け落ちしませんか」
窓辺に飾られた花を見て、セナはそう言った。その声はくぐもって、震えていた。ロアは彼女のことを見た。
「セナ」
「だって、私たちは探検家です。軍事組織とはいえ、戦闘だけがすべきことじゃありませんよね。ファントムと戦うのなんて、他の軍隊を作ればいいですよね。ここを抜け出してシャンバラを探しましょう。私たちはシャンバラに行くことを最優先に──」
「セナ」
ロアは栞を挟んだ本をサイドテーブルに置いて、セナの手を握った。ロアはセナの中にあるノルニルを自分に流し込む。そのノルニルを分かち合い、中和する。涙がこぼれていたセナの震えを止める。落ち着かせる。
「……ロアはもう、シャンバラに行きたくないんですか」
ロアは首を振る。
「だったら──」
「力ある者が、どうしてその責任を果たせないで居られる」
セナは小さく口を開く。
「……いい、言葉ですね」
「未来の一流探検家の言葉だよ」
緊急通信を受けてセナが言った言葉だ。それを大切に胸に掲げ、ロアはここまで来た。
そうロアが言うと、またぽろっと涙があふれた。
「出会うまで君が歩いてきた道を僕は知らない。でも、出会ってから共に歩んだ道は知っている。僕はそれを間違いだとは思わない。僕が暴走したあの日、それでも君は後悔しないと言った。だから僕は、そんな君を後悔しない。大丈夫。僕らはまだ、旅の途上にいるよ」
ロアはそう言って、彼女の頬を服の袖で拭った。
「それに、ただまっすぐの道を歩く旅なんてつまらないじゃないか。本と一緒だよ。曲がりくねっているから、それは物語なんだ。君と一緒に紡ぎたい」
その半ば告白の様な、恥ずかしい言葉を、ロアは真面目に、自分のパートナーに贈った。セナはロアの方を向いて、目を見つめ、少し俯き、それでもまっすぐ瞳を見つめ、頷いた。
「きっとまた、炎も使えるように、なりますよね──」
冷たい手のひらを見つめ、セナはもう一度雫をこぼす。
彼女はあの日から、アーツが使えなくなった。
ロアはこの時身体の中に溢れ出した感情をもう知っている。ただひたすらの憤怒──。
それでもロアは、セナと約束をした。復讐の炎に身を焼かれようと、その力は使わない。それはセナの為に自分を大切にするという約束。ロアはそれを守ると約束したのだ。
治りつつあるが、深く残った自身の身体の傷跡をロアは思う。
それからセナに手を差し伸べた。セナは不思議そうな顔をする。
「君が道に迷った時は、隣を見ればいい。それだけでいいんだ」
ふふっと笑ったセナはぺしんと手を乗せる。
「支え合いですか」
「それがパートナーというものじゃないか」
セナはうんと頷いて、笑顔を取り戻した。
あの日、魔眼ダークロードは結局、何者かの手で逃げおおせた。もう復讐はしないと誓ったが、相手がロア殺しを目的とする以上、また戦いになることは避けられない。そして、シンジケートの動きも、看過できるものではない。
阻止しなければ。
それは一体、ロアの何がそうさせるのか。責任か、或いは──。
正義なき者に芽生えたそれは、一体何なのか。
ロアはその答えをまだ見つけられないでいた。
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