第86話 熾火②
先に退院したデルタたちから、セナはお花を貰った。紺色の花。あまり見たことがない。セナの瞳みたいな色で、好きなのと言ってデルタが選んでくれたそうだ。
その花を眺めるのが、ここしばらくの暇つぶしだった。たまにローレライがやってくると、一緒に遊んであげて、あとはソワカから大量に送られてくる電信──ほとんどがセナに対する悪口だがソワカが不器用な子だとセナは知っている──に返信したりしている。
そんな日々が、1週間続いていた。
部屋にノックの音が響く。
「入って大丈夫ですよ。今日は脱いでませんから」
がららと戸が開いて、ロアが入ってくる。毎日昼過ぎになると、南部食堂の名物サンドイッチ、たまごスペシャルを買ってきてくれる。セナはそれを小さい時サリンジャーに教えてもらって大好きだったので、お見舞いの品としてはとても嬉しかった。
「調子はどう?」
本を片手にロアはそう言った。近頃のロアは旧中東文学に興味を持っているらしい。書物系の研究なら、きっとソワカと気が合う。今度彼女に紹介してあげようかなと思っていた。
「元気ですよ。ただ、助けられた時があまりに酷い状態だったので、ポップコーンや医療部の人もよく見ておきたいんだそうです。へへ、大袈裟ですよね」
なるほどと言ったロアはサンドイッチをひとつセナに渡し、隣の空きベッドに腰掛けた。ロアは別に何をするでもない。そこでサンドイッチをもっくもっく食べながら、読書をしている。彼はセナをひとりにするつもりはない。おいていくつもりはないのだ。
その優しさを知っているから、セナは何も言わずに甘んじることにして、リクライニングさせたベッドにもたれて、その静謐な横顔を見ていた。こぼれたまごが頬についている。
「ロアの活字中毒って、もしかして記憶喪失前の趣味だったんですかね」
「病気みたいに言わないでくれよ……」
「お風呂で3時間本読んでたってポンドが言ってましたよ」
「そ、それは丁度良い所だったから……」
ふふっとセナは笑う。ポンドとぎゃーぎゃー騒ぐときとも、デルタと女の子っぽい話をするときとも違う、自然に零れた笑顔。
「──いいな」
そのセナの小さな呟きの声色が、少し悲しげだったのをロアは聞き逃さなかった。栞を読んでいるページに挟んで、顔をセナの方に向ける。
「あ、いえ。なんでも」
首をかしげるロア。それでも、追求はしない。ロアは、セナが言うべきことを言うべき時に言うことを知っている。だから彼は本を読み進めた。
「……ロアは、今自分が何をすべきか知っていますか?」
「洗濯かな」
違う、そうじゃない。セナは白い目を向ける。
「うーん。そうだな。評議会の指示通り大人しくしているべき、なのかな」
シリウスが受け取った通知の通り、実際に黎明旅団第9支部にはセレティア協定の監査が入った。そして、事実上の謹慎処分を受け、現在、極地潜行や戦闘行為は認められていない。
サリンジャーやラウラは変わらずシンジケートの動向を《叡智》のソフィアと共に探っているが、ロアという不確定要素があるので計算が思う様にいかないのが現状。
今ロアにできることは、ひたすら平穏にしている事だけだった。
「という感じでシンジケートは今耀国に本体があるんだが、そのルートも計算ち──」
そのときセナがぽろりとこぼした。
「……私と、駆け落ちしませんか」
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