第85話 熾火①
──数日前、ロサンゼルス事変直後、爆炎の燃料になる街の中。
『我はアグニ。魔眼に手を貸す神々がひと柱。問う。人間よ、なぜ抗う』
レーヴァテインを振るったセナの右腕は酷い火傷を負っていた。熱と炎の塊のようなうねり──それは自らをアグニと呼んだ──の一端がセナの横腹に噛みつき食い破っている。
「なぜ……──。知りませんね。それは、私が行動することにおいて関係のないことです」
そう言って彼女は血を地面に吐き捨てた。
『わからぬ。娘御よ、この大地の者らはそなたの家族か?』
「いいえ」
『であるならば何故戦う』
「後悔をしないため」
セナはそう返した。毅然とした瞳は、アグニを感心させた。
『ならばその禍々しい剣で我を殺し、その想いを果たせ。それができるならばな』
セナの横腹から多量の血が流れる。
「──そのつもりですよ」
数分の事が、幾時間にも思われた。慣れない大剣、燃やされる腕。それでも魔剣を手放さず、セナはアグニと戦った。炎と炎が、互いを食い合った。やがて終わりは訪れた。
レーヴァテインがアグニの首を切り落とし、街の炎が鎮火しつつある頃、セナは崩れた建物にもたれて傷口を焼いていた。荒く呼吸するのがやっとだったが、その空気も、決して綺麗なものではない。明るみつつある空を見て、セナは目を閉じた。
耳元で誰かが囁いた。
『あなたって、軸が無いのよね』
歪な声の重なりが耳に響く。紅蓮セナはレーヴァテインを回収しながらそう言った。
「軸──」朦朧としながら答える。
『私は代償さえ支払ってくれればそれでいい。それまでは力を貸すわ。何よりも誰かの不幸が好きだもの。それでも、あなたの行いには疑問を抱かざるを得ない。──人を救うのも探検家の役目、家族を失う辛さを経験させたくない。確か前にそんなことを言っていたわよね。でもそれは本当にあなたがすべきことかしら。見捨てても誰も咎めはしないのに』
「……馬鹿、言わないで」
『本当は自分が何をすべきかを知らない。何がしたいのかもわかっていない』
紅蓮セナは無感情に淡々と告げた。セナは意識の狭間を彷徨いながらも答える。
「私は、シャンバラに、行きます」
『だったらなぜこんな非合理を受け入れているのかしら。ねえ、落ちこぼれのセナ。あなたは夢を持っている自分に酔って溺れていたいだけなのよ──』
セナはソフィアが救出に来るまでの間、気絶していた。最後に己のファントムが放ったその言葉が、彼女の中でリフレインしていた。
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