第83話 協定②
「あの時、君の言葉を聞かなくて、ごめん」
セナはケーキを食べ進めながら聞いていた。頬にクリームをつけている。
「私の為に怒ってくれて、嬉しかったです。……でも、復讐は何も生みませんから」
「君を苦しめた相手を殴った時、僕は何をしているんだろうって思ったんだ」
「あ、殴ったんですね」
「戦いには勝った。でも、それは結局何の解決にもならなかった。あの場で僕が冷静でいれば、怪我人は減らせたんだ」
セナはフォークにケーキの欠片を刺して、ロアに渡した。
「もしもは、あくまで、もしも。反省しても後悔するな、ですよ」
ロアはフォークを受け取って食べる。柔らかくて美味しかった。
「良い言葉だ。偉い人の言葉か?」
「未来の一流探検家、セナ・オーブリーの言葉です」
「がっかりだよ」
セナは残ったケーキを全て胃に収めると、それからロアを見て、茶化して言った。
「ですが、次にロアが復讐に燃えたら、私がぶん殴って止めますね」
「なんでこう穏やかな解決策を思いつけないんだ君は……」
冗談だと言って彼女は笑った。ロアも苦笑いを浮かべる。
身体も心も傷ついてほしくはないんです。セナはそう言って小指を差し出した。
「あなたが怒りに我を忘れたら、私のことを思い出して。約束ですよ」
ロアは小指に小指で応える。
「わかった。約束するよ」
そしてセナの無事を確認したロアは、少し空けると言って席を立った。彼はやっぱり、ちゃんとミッドナイト小隊のメンバーや、自分の為に戦ってくれた人に挨拶をしたかった。
ポンドはいつも通りな話し方で、ロアを安心させようとしているのが伝わってきた。彼は後先考えないバカだが、本当に良い友人だ。それとケーキの感想を伝えておいた。
デルタの所に行くとロアはお礼を言った。そして、自分にできる事ならなんでもお礼をすると言うと「……なんでもって、なんでも!?」とデルタが顔を赤くしたので彼が頷くと、デルタはうーん、うーんと悩んだが、結局、探検は自らの責任によってするものだと自分を納得させたようで、お礼は辞された。ロアは今度なにかプレゼントをしようと思った。
ファティマは「なんでもって、言ったね?」と詰めてきて辞する気はさらさらないという様子だった。皆がこの少女を下衆という理由が何となくわかった。ただ、それはあまり気負うなというファティマなりの優しさだったのかもしれないとロアは思った。
最後にロアが、ロックウェルと話していたソワカの所まで行くと「別にお前の為に戦ったワケじゃねえ」と真顔で返された。ロアはそこで察する。ははん、君は僕がセナと仲良くしているのが妬ましいのだなと。ここでロアの勘はいつもより無駄に冴えわたっていた。
そして部屋を出ると、他の病室をまわるロア。しかし彼はそこで思い知る。ロアという人物が、ラウラに訓練という体でいじめられるのが好きな変態だと思われていることに。
そもそも天空作戦において、その要綱にはロアが云々などとはひとつも書かれていないのだ。普通の隊員は彼のことをどうこう考えて探検していたわけではない。探検家は良くも悪くも自分本位で、だからこそ、誰も彼を責めたりはしない。そこで、ロアはこの思いは自分の胸に仕舞って、自分で向き合っていこうと決めた。
そして、旅団内で定着した変なイメージを払拭するために、全ての病室で誤解を解いてまわり、自腹でジュースを買って配っていったロアは、その行動自体が変だと言われ、「自分は変態じゃないと言いながらジュースを配る変な奴」という新たな噂を流されていった。
その噂がサリンジャーの病室まで運ばれてくると、歓談していたラウラとサリンジャーは大笑いして、彼のおかげでいつも通りの黎明旅団が帰ってきたと、やっと緊張の糸を緩めることが出来た。
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